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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

新たに「SailGP」へ参戦

 
五輪種目である「49erFX級」と並行して、髙野氏は2021年から世界最高峰のプロリーグと言われる「SailGP」にも参戦している。チャレンジの背景には、「さらに上のステージを目指したい」という飽くなき向上心があった。
 
髙野 リオ、東京と2度の五輪を経験してわかったのは、私はアンナや他の世界トップの選手と比べて、まだまだセーリングの基本的な知識や技術が浅いということでした。2人で高みを目指すためには、私個人の成長も欠かせないと思っていたところ、「SailGP」に女性セーラー育成プログラムがあることを知り、自信をつけるためにも飛び込んでみることにしたんです。「SailGP」の船は「49erFX級」ともまったく違い、最高時速は100kmを超えますし、オリンピックのメダルを何個も持っているような人たちが数人がかりで操ってやっとコントロールできるという、本当のプロの世界。実際にその船に乗ってみて、今まで経験したことのない景色を見られましたし、船を速く走らせるためにはどんなコミュニケーションが必要なのか、どうすれば安定して走行できるのかという知識もぐっと深めることができました。それは当然、「49erFX級」にも生かせるスキルなので、良いものを持って帰れたと思います。
山崎 そんな芹奈ちゃんに触発されて、私も2022年のシーズン3から参戦することにしました。日本人の中で上手な人のやり方と、世界トップの人の振る舞いというのはまた違って、それを間近で見ているだけで多くのものを得られるので、参加して良かったと感じますね。今後は2人とも、「49erFX級」と「SailGP」の両方をやっていくことになりそうです。

セーリングは“人生”

2022年でペア結成5周年を迎える2人。あらためて、お互いに尊敬できるところや、すごいと思っているところについて語り合ってもらった。
 
髙野 セーリングに打ち込むようになったきっかけのエピソードからもわかることなんですが、アンナはとにかく勝気があって、「やるからには絶対に勝つんだ」という強い意志を持っています。だからこそここまで来られたんだと思いますし、私にはない強みなので心から尊敬していますね。それでいて、普段は天真らんまんに振る舞えるところも彼女の魅力です。私が公の場でかしこまってしまいがちなのに対して、アンナはいつも自然体で、誰かにお願いごとをするのも得意。一緒にいると私も明るくなれるので、素晴らしい性格だと思います。
山崎 私は勝ちたい気持ちが強い一方で、勝ち負けに一喜一憂して感情的になってしまうことも多いのですが、芹奈ちゃんはいつも冷静で、「負けは受け止めて、勝ちは次の成長につなげる」という姿勢でいてくれるので、安心感があります。目標に対して必要なことをコツコツと努力できるところや、大事な場面で人を説得するプレゼン力・コミュニケーション能力があるところもすごく尊敬しているんです。
 
お互いの良さをリスペクトし、どこまでも対等に認め合っている両氏。2人の視線の先には今、どんな未来が映っているのだろうか。
 
髙野 選手としては、やはりパリ五輪が一番の目標になりますね。東京五輪までは、コーチの敷いてくれた道を行くような部分もありましたが、これからは2人でもっと自主的にすべての行程を決断して、勝つために必要なことをやっていきたい。そして、本番で最高潮のパフォーマンスをしたいですね。
山崎 具体的には、パリ五輪ではメダルレースに進出して、決勝で良い結果を残したいと思っています。そのためにも、出たいレースに確実に出て、1つずつ成長していければ良いですね。
髙野 また、競技を安定的に続けるためには資金調達の活動も必要で、私たちは体のケアをしながら、船の準備やお金のことまで考えなければなりません。懸案事項が多いとつい揺さぶられそうになってしまいますが、その中でもきちんと自分たちの目標を定めて、互いに高め合えるチームづくりができれば、私たちは“スーパーマン”になれると思うので(笑)、そこを目指してやっていきます。
 
パリ五輪に向け、“アンセナ”ペアの第二章を歩み始めた髙野氏、山崎氏。最後に、今の2人だからこそ語れるセーリングの魅力を存分に発信してもらった。
 
髙野 セーリングは風と波と潮の中で、いろいろなことを考えながら、どんなリスクを取るのか決断していく競技。それはさながら、どんな進路を取るのか、どんな人間関係を築くのかを考えていく人生のようなものだと私は思っています。何万通りとある選択肢の中から1つ、2つと選ばないといけないからこそ、トップを目指す選手は自然と人間性も磨かれていくんです。コツコツしたことを積み重ねる必要がある一方、一度ゴールデンウィンドを捉えられれば一気にぐんと進める――そんな奥深さを、私たちの競技を通じて知ってもらいたいですね。
山崎 いつも皆さんが何気なく見ている海にも、実は色の濃さで風の強さがわかったり、風が強い=色が濃いところほどヨットが速く進んだりと、まだ知られていないことがたくさんあります。そうした知識を得ることでより楽しんで見られる競技でもあるので、私たちがしっかり発信していきたいですね。
髙野 また、もしセーリング競技に興味を持って、やってみたいと思った人には、ぜひ気軽に始めてもらいたいです。日本は島国で、海もヨットクラブもたくさんあるのでハードルは低いですし、私自身も、五輪出場や「SailGP」参戦の経験を元に、後進の子たちがキラキラした目でこの世界に憧れを抱けるよう、サポートしたいと考えています。太陽と海と潮風、その中で走る気持ち良さを、ぜひ体験してください。
 

(取材:2022年6月)
取材 / 文:鴨志田 玲緒
写真:竹内 洋平

 

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