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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

自分の中の未知なる扉を開けてほしい

瀧澤氏は現在も日本競輪選手養成所の所長として、原氏のような若い選手の指導を行っている。その中で特に大事にしていることは何なのだろうか。また、自身が生徒だった時との違いなど、今の若者たちと接していて感じていることなどを話してもらった。
 
瀧澤 今の候補生たちは皆さん勉強熱心で真面目な人格者ばかりで、あまり言うことはありません。しかし別の言い方をすればすごくいい子で大人しい。ですから一方では、もっと個性を出して自分の殻を破ってほしいという思いもあります。
 私は自分のことをマイペースな性格だと思っています。養成所時代、瀧澤所長に「朝練をやれ」と言われてもやりませんでしたから(笑)。
瀧澤 確かに、原選手は少しタイプが違いますね(笑)。自分のことをよく知っている選手だと思います。ただ私の経験から言わせてもらうと、自分のことは自分が一番わかっているように見えて、まだ扉を開けていない「未知の自分」もいるはずなんです。原選手にも、そのような扉を開けていない「自分」をさらけ出してほしいという気持ちを抱いています。それくらい、大いなる未知数の部分が残っていると期待しているんですよ。まだ限界までやっていない、もっとできるはず―原選手に対してはそんなふうに思っています。
 扉を開けることができたらいいですね。私はこれまでモーグルと競輪の二刀流でやってきて、平昌オリンピックでは銅メダルを獲得しました。その時はとりあえず、頑張った自分を褒めてあげたいなという気持ちになったんです。しかし、そこからまた新たに気持ちを入れ直すという段階にまで達していないという自覚は確かにあります。その辺りが、瀧澤所長の言われる「未知なる扉」なのかもしれません。
瀧澤 言い方を変えれば、原選手にはまだ伸び代があるということです。養成所時代に、私に「冬のオリンピックと夏のオリンピックを目指します」と言いました。つまり、チャンスがあれば自転車競技でもオリンピックを目指したいのだ、と。両方のオリンピックでメダルを獲得した人はいませんから、ぜひそれを実現させるためにも自分の中の「未知なる扉」を開けてもらいたいですね。まだまだ潜在能力が眠っているはずですから。
 嬉しいお言葉です。瀧澤所長の期待に応えられるように頑張ります。
瀧澤 期待しています。私が考える良い競輪選手とは、一言でいうと「速い選手よりも強い選手」のことです。競輪はタイムではない、と。いろいろな面で強さのある競輪選手に、原選手にはなってほしいと思っています。速い選手はいくらでもいるんですよ。例えば、(本誌2020年11月号で表紙を飾った)佐藤慎太郎選手だって、200mのタイムだけ計ったら、今の日本で何番目くらいなのかはわかりません。でも、彼は間違いなく日本競輪界のトップグループにいる。人間的な強さなど、さまざまな意味での強さを佐藤選手からは感じます。原選手には、ぜひ、そういう競輪選手を目指してもらいたいですね。

「努力は何ものにも勝る」に尽きる

その話しぶりから熱血漢であることが伝わる瀧澤氏と、クールな中に秘めた情熱を感じさせる原氏。そんな2人が考える競輪の魅力や醍醐味について語ってもらった。
 
 1つは夢のあるスポーツだということでしょうか。競輪選手である以上は、賞金1億円を懸けた「KEIRINグランプリ」を目指し、そこで優勝したいなと思います。また、実際に競輪場に行って控え室から他の選手の試合を見ていると、とにかくスピード感があって迫力がすごい。それに加えて、ライン同士のぶつかり合い―駆け引きや倒し合いというのは、やはり競輪の醍醐味だと思いますね。
瀧澤 技術的なところでは、いま原選手がおっしゃったように、人間の力でこんなに速いスピードが出せるのかという驚きでしょうか。競馬では馬が走りますし、競艇にはエンジンが付いています。でも競輪は人間が自分でこぎ、自力であれほどのスピードを出せるという点がやはり最大の魅力ではないでしょうか。もう1つ挙げるなら、社会貢献ができるところですね。例えば競輪の売り上げが補助事業や社会福祉などに役立つこともあるわけです。そういった面でも、「いい仕事ができたな」と感じることがあります。私は今でも「努力は何ものにも勝る」と思っています。もちろん、持って生まれたセンスなどもありますが、運動神経がものすごく発達していないとできないというわけではなく、弛まぬ努力で補っていける部分というのをたくさん秘めているのが自転車競技だと思っています。競輪学校の時、私は適性組(自転車競技未経験者)でした。確かに、技能組(自転車競技経験者)の人たちは自転車に乗るとものすごく速いんですよ。そこでは彼らに全然かなわなかった。ところが体育の時間に球技をやると、その人たちの中には、運動音痴な人もいたんです。それを見て、自転車競技は運動神経の良さがすべてではないのかなと感じ、「練習を一生懸命にやれば自分でもやれるんじゃないか」と思ったことを今でも覚えています。
 私は一度、平昌オリンピックのシーズンに堀島行真選手に努力量で負け、自分にはこれ以上努力ができないと思ってしまいました。努力をし続けられることも才能だと感じたんです。しかし、実際には私がメダルを取ってしまった。「努力は報われる」という言葉は好きではありません。1位を目指すために皆が努力をしていますし、自分より努力をしている人は山ほどいます。けれど、努力をしていない人が成功するわけがありません。ですから、私は私のペースで努力し続けます。
瀧澤 もちろん、やり方は人それぞれだと思います。私は自分に特別なセンスがあるとは思っていなかったので、「質より量」だと考えていました。そのように常にシンプルに考えることで、練習にいっそうのめり込めましたし、レースでも力を発揮できたと感じています。

 

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