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巻頭企画天馬空を行く

大橋ボクシングジム 会長 大橋 秀行 × 日本リアライズ 株式会社 代表取締役 大橋 孝行

大橋ボクシングジム 会長 大橋 秀行
× 日本リアライズ 株式会社 代表取締役 大橋 孝行

 
1965年、神奈川県出身。現役時代はヨネクラボクシングジムに所属し、戦績は24戦19勝(12KO)5敗。1985年に1RKO勝ちを飾り、華々しいデビューを飾った。「150年に1人の天才」と言われ、軽量級離れした強打者ぶりを発揮。1990年2月にWBC世界ストロー級チャンピオン、1992年2月にWBA世界ストロー級チャンピオンとなる。引退後に、大橋ボクシングジムを開設。地元の横浜で後進の指導に当たり、同ジムから、川嶋勝重、八重樫東、井上尚弥、井上拓真、宮尾綾香という5人の世界チャンピオンを輩出した。2013年からは日本ボクシングコミッション(JBC)理事も務めている。ボクシング解説者としても活躍中。
 

大橋 孝行
茨城県出身。大学卒業後、東京リコー(株)に入社。トップセールスマンとして活躍した後、30歳で不動産業界に転身する。4年間勤務した会社では役員も経験。その後、別の不動産会社で2年の経験を経て、2009年1月に日本リアライズ(株)を設立した。創業以来、「ライフプランアドバイザー」として、ライフプランの提案を軸とした住宅販売により着実に実績を上げる。またスポーツ振興の一環として、井上尚弥選手などをスポンサードしている。現在は「人生100年時代」における理想の人生設計によりいっそう積極的に貢献する「ライフメイクプランナー」として、新たな事業に取り組む。
 

 

現役時代、「150年に1人の天才ボクサー」と評され、引退後はボクシングジムの会長として「怪物」井上尚弥選手ら5人の世界チャンピオンを育てた大橋秀行氏。その秀行氏を「兄貴のような存在」として慕うのが、新規事業「ライフメイクパートナーズ」に取り組む日本リアライズ(株)の代表取締役・大橋孝行氏だ。共にボクシングに魅了され、現在は経営者として厚い信頼を寄せられている旧知の間柄の2人が、新しいことに挑戦する意義や、マネジメントで重要な点、逆境を乗り越える方法、井上尚弥選手が「特別」な理由まで、熱く語ってくれた。

 

初めて会った時から強い縁を感じた

対談がスタートする前から、取材会場で和やかに談笑を交わしていた大橋秀行氏と大橋孝行氏。まずは2人の出会い、知り合いになった経緯についてそれぞれ振り返ってもらった。
 
大橋(孝) 高校時代にボクシングをやっていた私にとって、大橋秀行会長は昔から憧れの人だったんです。会長が現役時代、日本人ボクサーの世界挑戦連続失敗記録を21でストップさせ、「150年に1人の天才」と言われていた頃から憧憬のまなざしでご活躍を拝見していました。その後、 たまたま私が通っていたボクシングジムの会長に紹介してもらったのが、知り合いになったきっかけです。
大橋(秀) 大橋孝行社長と初めてお会いしたのはもう12年近く前のことになりますね。当ジムのプロボクサーだった八重樫東が世界チャンピオンになる直前のことでした。社長はボクシングのこともすごく詳しくて、私についても熟知されていたんです。初めて会う人の大半は、私に関してウィキペディアなどで調べてきた程度の知識しか持っていないのですが、社長は私が所属していたヨネクラボクシングジムにいなければわからないようなことまで知っていたので、びっくりしたことを覚えています。それからもう1つ驚いたのは、名前が私と1文字違いだったことですね。画数まで同じなんですよ(笑)。そのこともあり、初対面からすごく縁のようなものを感じました。
大橋(孝) 大橋会長は私にとって兄貴のような存在ですね。ボクシングジムの経営者としても他の同業者と一線を画するといいますか、何に対してもまず全体像を見て、俯瞰で物事をとらえることができる。また、ボクサーたちに常に「挑戦」をさせ、ご自身もファンがわくわくするようなマッチメイクをされますし・・・本当に多面的な魅力をお持ちの方だと思います。今では私の心の支えにもなってもらっていますね。
大橋(秀) 私のほうが8歳年上なのですが、自分にとっても大橋社長は兄貴のような存在ですよ(笑)。まず何より、社長には人間的な魅力がある。それからパワーがあるし、どんなピンチにも動じず、そのピンチを力に変える胆力も備わっている人です。そういった人間としての「強さ」があるので、とても尊敬できる方ですね。

ボクシング界への恩返しがしたかった

日本リアライズ(株)は井上尚弥選手など大橋ボクシングジム所属の選手をはじめ、複数のボクサーをスポンサードしている。この「アスリート支援」を始めたきっかけについて訊ねた。
 
大橋(孝) 一言でいうと、ボクシング界への恩返しですね。私がボクシングをやっていた頃、周りにはボクサーがほとんどいませんでした。上京してボクシングをするようになっただけで話題にもなりましたし、いろいろな意味で有利になることがあったんです。私も若い頃は世界チャンピオンを目指していたので、ボクシングに本気で取り組むことのつらさも知っていますし、途中で挫折してしまった自分もいる。それで、選手を支援できる立場になった時にサポートする側に回れたらな、と思っていたんです。現時点ではまだ実現できていませんが、今後は引退後の選手もフォローできるような体制を、大橋会長とも相談しながらつくっていきたいと考えています。
大橋(秀) ボクシングに限らず、スポーツ選手で最も心配なのは「引退後」なんですよ。いわゆるセカンドキャリアのほうが人生においては長く、それがゆえに大事ですよね。そこでかっこよく生きていかないとファンだった人たちは幻滅しますし、その先につながっていきません。ですから、引退後のアスリートを支援してくれる人がいるというのは非常にありがたいことです。一流のプロスポーツ選手ほど、小中高からエリート街道を歩み、周りからもちやほやされがちなんですよ。彼らはそういう世界で生きてきたので、そのぶん辞めた後が大変になります。ボクサーでいえば、世界チャンピオンになれずに4回戦止まりだったような選手は現役時代も働きながらボクシングをしていたり、自分でチケットを売ったりして営業的なセンスが磨かれているので、そういったボクサーのほうが引退後に経営者になるなどビジネスで成功することが多いんですよね。大橋社長もその1人だと思います。

ボクシングを始めたのは兄の影響

大橋会長は世界チャンピオンの座を獲得した現役引退後もボクシングジムを経営。大橋社長は学生時代にボクシングに打ち込み、先述したように現在もボクシング選手の支援を続けている。2人がそこまでボクシングに熱くなれる理由は何なのだろうか。
 
大橋(秀) 私には5歳上の兄がいるんですよ。私が小学生の頃から兄はボクシングが大好きで、いつも相手をさせられていました。実は私は最初のうちはあまりボクシングが好きではなかったのですが、柔道やキックボクシング、空手などあらゆる格闘技で兄の相手をしているうちに、自分もだんだん強くなっていったんです。おかげで、中学の時は柔道の授業で3年連続優勝しました。そんな中で徐々にボクシングに目覚めていくとともに、自分に向いている競技だと自覚するようになり、技術を身に付けていったんです。ですから、ボクシングをやるようになったのは兄の影響がとても大きいですね。
大橋(孝) 私は子どもの頃にブルース・リーやジャッキー・チェンの映画をよく見ていたこともあり、もともと格闘技が好きでした。まずは空手から始め、友人の影響もあり高校時代にボクシングにはまったんです。ボクシングの魅力は、一言でいうと両方の手だけで殴り合うというシンプルなところでしょうか。シンプルなだけに、そのぶん奥が深いスポーツだとも言えます。魂と魂のぶつかり合いといった感じもしますし、間合いの取り方だとか、ラウンドの分け方だとか、KO寸前になってまた盛り返すだとか・・・ボクシングの試合はどこか人生と似ているような気がするんです。選手だけではなく、セコンドもいて、個人の戦いであると同時にチーム戦でもありますよね。人生の縮図としても例えられるような深さがある――それがボクシングの一番の魅力ではないでしょうか。
大橋(秀) 本当にその通りだと思います。選手たちは試合の3ヶ月前から凄まじい量の練習を行う。試合当日のために、何もかも捨ててハードワークに挑み、いざリングに上がれば誰もが主役になる――4回戦ボーイであろうが世界チャンピオンであろうが、その点は同じです。けんかであれば止めてくれる人がいますが、ボクシングの試合は止めてくれる人がいません(笑)。あまりこういう話はしませんが、プロボクサーは誰しも恐怖を抱いており、また、その怖さに打ち勝とうとしている。毎日がその繰り返しです。かつては私も選手として活動し、今では指導者になっていますけど、こうして話していると改めてボクシングの世界はすごい所だと感じますね。

 

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