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巻頭企画天馬空を行く

 

日本代表の重圧

2005年、日本代表に初選出されると、翌年のドイツで行われたFIFAワールドカップの日本代表メンバーにも選ばれた。プロサッカー選手として、順風満帆に思えるキャリア。だが、巻氏は『良いことばかりではなかった』と語る。

「日本代表の一員として、素晴らしいチームメイトと一緒にプレーできたのは、すごく良い経験になりました。もちろん、勝利の喜びは格別です。ただ一方で、自分を奮い立たせて、常にプレッシャーと戦う大きな覚悟が必要でした。日の丸を背負って世界と戦うわけですから、中途半端な気持ちでは臨めないわけです。良いプレーをすれば大歓声に包まれますが、ちょっとしたミスで失点につながって敗戦になれば、日本中のサポーターを落胆させてしまう。代表選手としてプレーし続ける重圧はすさまじかったですし、その中で楽しくプレーできるという選手を見ると、純粋にすごいと思っていましたね。正直言うと、僕は日本代表でいる時間を楽しめたことは一度もありませんよ。さらに言えば、そもそも現役時代、サッカーは楽しむものではなかったです。自分や相手チーム、チームメイト、ある意味ではサポーターに対しても、いつも戦っていました」

短所を長所に変える

仕事をするうえで失敗をしたり挫折を味わったりする経験は誰しもあるものの、それを糧にすることでさらなる成長につなげることもできる。とは言え、ときには落ち込むこともあるし、困難から逃げたくなる瞬間もあるだろう。巻氏は、目の前にある課題をどのように克服していったのか。

「失敗や挫折をしたことは、いくらでもありますよ。それこそ、僕は挫折ばかりで、他人には見えない努力を誰よりもひたむきに続けていっただけなんです。昔からこの姿勢は変わっていません。サッカーは足を器用に使いこなすスポーツで、最初はできなくて当然なんです。なぜならば、日常生活において足で何か細かい動作をすることはありませんからね。何度もうまくいかなくて壁にぶつかった。その都度、一つずつ乗り越えていくためのトレーニングをしていく。その中で、自力で問題を解決する力を自然と身に付けていけたのは大きかったと思っています。
 また、先述したように僕は自分を客観的に見る人間で、他人と比べて『自分ができないこと』によく気が付きました。僕と同じように、長所ではなく短所ばかりに目がいってしまう人が日本に多いのではないでしょうか。けれども、その視点は決して悪い面ばかりではないと思っています。というのも、自分の短所に気付くことができる人間は、他人の短所も見つけることができるわけです。僕はサッカー選手として、チームに足りない要素や、チームメイトが苦手とすることを見つけ出していました。だから、そこを補うように自分がアプローチしていくことで、チームでの存在価値が高まる。そうして、自分ができることを追求していって価値を高めることでプロになれたし、日本代表のユニホームを着ることができたんです」

引退直前まで迷い続けた

そんな巻氏は2019年1月、2018年シーズン限りでの現役引退を表明した。引退を決めたきっかけは何だったのか。

「いつもシーズンオフの契約時には、『巻誠一郎』という存在は今のチームに本当に必要かどうかを考えていました。選手としての存在価値と、これから自分がもたらすであろう価値を比べるわけで、お金よりもすごく大切にしていた部分でした。だけど、どうしても年齢とともにパフォーマンスは落ちていってしまうんですよね。そうなると、チームに貢献できる機会も少なくなってしまう。そのときに、ピッチでの価値よりも、ピッチの外でつくっていける価値のほうに未来の可能性を感じたんです。それで、引退を決断しました。ただ、直前まで本当に悩みましたね。実際、次のシーズンに向けたトレーニングを積んでいましたし、引退会見当日も、今ならまだ撤回できると思いながら向かっていましたから。その場に行ったときに、『辞めるべきだ』と決意したんです。だから正直に言ってしまえば、悔いはたくさんありますよ」

 

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