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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

走ることで生きていくため、プロ化宣言

当時、アスリートの肖像権は日本オリンピック委員会が一括管理していた。そのため、アスリートは現在のように自由な商業活動ができなかった。これに異を唱え、アスリートの地位向上に向けて立ち上がったのが有森さんだ。アトランタオリンピック後、肖像権の自主管理を訴え、オリンピックメダリストとして初のプロ宣言を行うと、2002年にはアスリートのマネジメントを管理する(株)ライツ(現:(株)RIGHTS.)を設立。こうした動きは、それまでのスポーツ界の在り方を大きく変える流れとなっていった。

「人間には誰しも『肖像権』があり、それは自分が管理できる権利であるはずです。ところがスポーツ界になると、アスリートという理由で本人の承諾も得ずに組織が管理してしまう。これは絶対におかしいと思いました。なぜ、スポーツを通じて生きていくことが許されないのか。アスリートだって他の業界で働く人と同じように、あらゆる選択肢を持っていいはずです。
 私は2度のオリンピックメダリストという価値を武器に、走ることを生業にしようと思っていました。ですから、この仕組みを変えていく必要があったのです。ただ、その行動は当時のスポーツ界を根底から覆すようなことでしたので、大きな反発もありました。『金の亡者』とか『引退してタレントになればいい』みたいなことを言われましたね。周りの人たちがアスリートに向かって平気でそういうことを言ってくる時代でしたし、私たち選手自身がこの問題に対する意識が薄かったのも良くなかったです。自分の考えは間違っていないと信じ、粘り強く話を進めていきました。
 よくアスリートがお金の話をすることはタブーだと言われますけど、それは違うと思います。なぜなら、アスリートである前に一社会人だからです。生きる手段としてスポーツをするのであり、スポーツをするために生きているわけではありません。朝から晩まで必死に走って満足に生活できなかったら、一体なんのために走っているのだろうと思いますよね(笑)」

目的と目標を持つ大切さ

「スポーツを通じて、自分の生きる道を開拓してきた」と語ってくださった有森さん。理不尽な扱いに耐え、戦い続けることで成功をつかんだからこそ、その言葉の一つひとつからは、大きな力を感じ取ることができた。パワフルに突き進む有森さんは、今どういった活動をしているのだろうか。

「現在の仕事は、企業や学校などでの講演活動が多いです。あとは、ゲストランナーとして国内外のマラソン大会への参加や、メディア出演、国際貢献にも取り組んでいます。
 常に目標を立てて、己を研磨しなくてはならないスポーツの世界を生き抜いてきたので、目的と目標を明確にするのは重要であると考えています。物事を達成するために必要なするべきことがあれば、私はそこに向かって一直線に突き進んでいきますから。逆に、それが持てないようなことは、怠け者になりますよ(笑)。そういう意味では、私はかなりオールオアナッシングの思考ですね」

マラソンの魅力

誰しも一度は、「好きなことを仕事にしたい」と思うだろう。無論自分の好きなことをして生きていけるのならばそれに越したことはない。しかし、全員がそうなれるわけでもない。そのとき、仕事というものをどう捉えていくべきか。そのヒントは、「得意なこと」を仕事にしてきた有森さんの思考法にあるように思える。最後に、そんな有森さんにとってのマラソンの魅力とは何かを聞いた。

「マラソンの魅力は2つあります。まず、確定要素のない競技だということ。走るコースの条件や天候などの状況が決まっていないことが多い中、スタートラインに立った瞬間にすべてを受け入れて走ります。ということは、順応力が問われるわけです。この順応力は、不確定要素だらけの人生においても重要な能力だと思っています。ビジネスパーソンであれば、異動や転職など環境が変わってしまっても、いかにその状況を素早く受け入れて合わせていくかが大切ですよね。その力をわかりやすく鍛えることができるのが、マラソンなのです。
 もう一つは、プロも一般の方も、老若男女でさえ関係なく、同じ日に同じスタートラインに立てるということ。あれだけの人数が一度に同じ体験を共有できるというのは、マラソンの大きな魅力だと思いますね。これは、他のスポーツでは絶対に実現できません。マラソンは、年齢や性別を超えた多くの人たちと一緒になって楽しめる素晴らしいスポーツなのです。私はそんなマラソンをやってきて良かったと思っています」

2020年東京オリンピックの延期

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受け、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会の1年延期が正式決定した。近代オリンピックが延期になった例は過去にはない。有森さんの率直な思いをうかがった。

「社会情勢を踏まえると、延期はいたしかたないと思います。物は考えようで、選手たちは気持ちを切り替えて、日々やるべきことをしていけばいい。1年という時間で、さまざまな準備ができますからね。もっともアスリートである前に一社会人です。一人ひとりが責任ある行動を取る必要があると思いますよ。
 ただ、果たして1年後に無事に開催できるでしょうか。コロナの混乱が収まり、世界中が足並みをそろえないとオリンピックは開催できないわけです。さらなる延期、もしくは中止の可能性も考えられるでしょう。仮に2021年の開催が駄目で、さらに延期というようになるのであれば、私は2024年のパリを東京にという案があっても良いと思います。
 今回のことが契機となって、これまで『当たり前』とされてきた、あらゆることを考え直すきっかけになればと思っています。社会が一致団結して危機を乗り越え、素晴らしいオリンピックが実現できればいいですね」

(取材:2020年4月)
取材 / 文:COMPANYTANK編集部
写真:竹内 洋平

 

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