巻頭企画 天馬空を行く

 

適材適所の人員配置

物腰柔らかく、終始丁寧な口調でインタビューに応じてくださった佐々木氏。そんな氏が「自らに非凡なセンスが備わっていた」と語る瞬間があった。それは、キャプテンの人選だという。

「キャプテンの選択は非常に重要です。単にサッカーの技術が優れていれば選ばれるわけではありません。チームメイトから厚く信頼される人間性やリーダーシップも必要ですし、マネジメント陣と選手の間に立つ調整役として、双方との密接な連携を深める能力も求められます。北京五輪後、チームがワールドカップ優勝を目指すとなったとき、私は迷わず澤穂希さんをキャプテンに指名しました。どちらかというと、澤さんは背中で見せて結果を出すような無言実行のタイプ。わざわざキャプテンマークを付けなくても、チームの主力である自覚を持ってプレーでけん引している意識は、彼女の中にあったと思います。それでも、ワールドカップ優勝という途方もない大業を果たすには、これまで以上に大きな存在になってもらう必要があった。そう口説いて、キャプテンを引き受けてもらったんです。結果として、チームは澤さんを核に一致団結し優勝を成し遂げました。その後、キャプテンを受け継いだのは宮間あやさん。澤さんからのバトンを引き継げるのは、彼女しかいないと思ったんです。この2人が主将を務めたことは、なでしこジャパンを統制していく上で最高の人員配置だったと思っています。
 世界大会を3大会連続でファイナリストまで勝ち進むのは、並大抵のことではありません。選手一人ひとりが自覚と責任を持ち、高いモチベーションを維持して目標に向かっていったこと、そして懸命にサポートするスタッフたちの働きもあって、生まれた結果だと思っています。私はただ、周囲を引き寄せて適材適所を見極める眼力が優れていただけです」

佐々木流コミュニケーション

監督である佐々木氏は、選手との「横から目線」のコミュニケーションを重んじた。選手からは「監督」ではなく、「ノリさん」と呼ばれる関係性は、従来の監督像と一線を画している。

「選手と目線の高さを揃えることは、特に意識した部分です。冗談はよく言いますし、食事に行ったり、相談に乗ったりすることもあります。また、女性に対する言葉遣いなども気を付けました。それでも就任したての頃は、よく女性コーチから『今の言葉は良くないですよ』と、耳打ちしてもらうことがありましたね。
 監督は、あらゆる判断に迫られ決定を下さなければなりません。でも、そもそも私自身が完璧な人間ではありませんから、『もっとこうした方が良かった』と後になって思うこともあります。そんなときは素直に非を認め、すぐに謝るようにしていたんです。例えば、こんなことがありました。あるとき、チームに取り入れた練習がどうにもうまくいかない。原因を考えると、どうやら私の設定した練習計画が良くなかった。それで、その日の夜に行ったミーティングで『今日の練習はしっくりこなかったよね。ごめん、僕の計画が悪かった。だけど、ここはすごく大事な部分だから、練り直して明日もう1回やらせてほしい』と選手に伝えました。すると選手たちも何か引っ掛かっていたようで、『でしょ?やっぱり』となっていましたよ(笑)。
 次第に選手たちも『ノリさんはこういう人だから』と、理解してくれるようになる。そうやって選手との対等な関係を築き上げると、選手の方から私にどんどん提案してくれるようになります。これはものすごく重要なことだと思うんですね。だから私もちゃんと選手たちの話に耳を傾け、良いことは即座に取り入れていったんです。川澄奈穂美さんは試合中に『こっちの方がいいんじゃないですか』と私に提案してきたことがありました。そのとき、『そうだな、そうしよう』と答えたこともあったんです。日頃から信頼関係を築いてきたからこそ、選手は私に自らのアイデアを進言してくれて、私も選手の提案を採用できたんですよ」

トップダウンではなく、風通しを良くしてフランクに話し合える組織こそが活性化する。企業で言えば、経営者と従業員が普段から円滑にコミュニケーションを図ることが、飛躍の鍵なのかもしれない。では、日の丸を背負う代表チームの場合はどうなのか。レギュラーメンバーがいる一方、サブのメンバーもいる。そうした選手たちの気持ちを、佐々木氏はどのようにケアしていったのだろうか。

「サブメンバーの出場機会は、試合状況やレギュラーメンバーのコンディションなどが絡んでくるため、本人の調子が良ければ必ず出られるわけではありません。しかし、来るべき瞬間に備えてコンディションを維持するのは大変なことです。仮にサブメンバーがトーンダウンしてしまうと、レギュラーメンバーとの間に壁が生まれてしまう。そうならないよう、私は普段からできる限り彼女たちのケアに回ります。そして、『君たちが勝負を決める重要な存在だから、ここぞという場面では頼むぞ。ちゃんと見ているからな』と伝えていました」

バックヤードからなでしこを支え続ける

優れたコミュニケーション術で選手との信頼関係を構築し、適材適所の配置で個々の力と組織力を最大限に引き出していった佐々木氏。その言葉からは、ビジネスシーンに通ずるヒントが多く得られるはず。日本中に大きな感動と元気を与えてくれた名将は、この先再び監督としてピッチに立ちたい思いはあるのだろうか。最後に、率直な疑問をぶつけてみた。

「もう一度、監督をやりたいとは思いません。それよりも今は、国内の女子サッカーを盛り上げていくことに力を注ぎたいんです。長く低迷の時代が続いていた女子サッカー界は、2011年ワールドカップ優勝を機に、一大ブームが巻き起こりました。あのとき、なでしこリーグ全体の1試合平均観客動員数は急激に伸びたんです。しかし、それも少しずつトーンダウンしてしまった。このままでは再び低迷期を迎えてしまう。だから、なでしこリーグをプロ化に向けて整備し、もっと魅力あるリーグ運営を行っていく環境を整えなければならないんです。
 日本人女性は、サッカーというスポーツに適しています。目配り・気配りができ、ひたむきさがある。彼女たちの勇姿が、これからも人々に勇気と感動を与え続けていけるよう、私も全力を尽くしていきます」

(取材:2019年11月)
取材・撮影場所:日本サッカー協会 /
日本サッカーミュージアム

 

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