巻頭企画 天馬空を行く

 

現役引退。そして指導者の道へ

33歳で現役引退を表明した佐々木氏は、チームのフロント業務に携わるようになる。勤めていた日本電信電話公社のNTTへの民営化、サッカー界はJリーグの発足と、それぞれが新たな黎明期を迎えていた。そんな中、チームはJリーグ加盟を目指して奔走するものの、その行く手には暗雲がたれ込み始めていた。

「現役引退後、数年のコーチ経験を積みました。この間、チームはさまざまな理由によってJリーグに加盟できていなかった。それが監督に就任した1997年頃になると、サッカー部の廃部が社内で決まってしまったんです。理由は、NTT東日本再編へ向けて野球部を社内のシンボルスポーツにするためでした。そうした状況で、監督の私に課せられたのは、選手一人ひとりの意思を確認し、プロ入りを希望する者、社業に専念する者を会社と調整していくこと。廃部が決まっている中でも試合はありますから、選手のモチベーションを維持させ、勝つためのトレーニングを積んでいました。
 結果的に、そのひたむきな姿勢が事態を好転させることになります。チームの練習を見学していた埼玉支店長が『これだけ選手たちが頑張っているのだから、サッカー部は廃部ではなくプロ化するべきだ』とおっしゃって、本社と掛け合って下さったおかげで廃部決定が覆ったんです。そこから誕生したのが、現在の大宮アルディージャになります。選手の熱量が人の心を動かし、地域の応援もあって一つのプロチームが立ち上がった、とても素晴らしい出来事でした」

急転直下でJリーグ加盟を果たした大宮アルディージャ。佐々木氏は以降、強化普及部長及びユース監督を歴任し、チーム力向上に尽力する。そんな氏のもとに、サッカー女子日本代表(通称:なでしこジャパン)からコーチ就任要請が届いたのは、2006年のことだった。

「要請を受けて、私はなでしこジャパンの練習や試合を視察させてもらいました。そこで感じたのは、私ならば力になれるかもしれないということ。と言うのも、当時引き受けていたユースや、以前率いていたNTT関東のチームとなでしこジャパンには、共通する部分が多かったんです。フィジカル面は海外のトップ選手に比べると劣るものの、組織的なサッカーがきちんとできる真面目な選手が多いと感じました。そんなタイプの選手たちをどう導いていくべきなのか、そのイメージが私には経験としてあった。それでコーチを引き受けたんです。アンダーカテゴリーのU-17女子日本代表と、U-20女子日本代表の監督を経て、2008年に女子日本代表監督に就任しました」

佐々木氏の英断が、後のなでしこジャパンの運命を大きく変えることとなったのは、衆目の一致するところだろう。しかし、迷いや不安はなかったのか。

「私には家族がいます。そういった意味では、会社を辞めることに対して多少の不安はありました。あの当時にNTTで勤めている限り、よほどのヘマをしなければ定年までは安泰ですからね(笑)。一方でコーチは2年契約。報酬も高いとは言えません。そこで妻に相談してみました。すると、『あなたやりたいんでしょ』と気持ちを見透かされてしまった。また、当時高校生だった娘はサッカーをやっていて、彼女が所属するチームの合宿に、私は手伝いとして参加したことがあるんです。どうやらそのときの選手たちの評判が良かったようで、娘からも後押しをもらえたんです。家族の賛同を得たことで、私は迷いなく決断ができました」

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2008年の監督就任以降、佐々木氏が率いるなでしこジャパンは、並み居る世界の強豪国を相手に勝利を収め、「なでしこ旋風」を巻き起こした。2011年FIFA女子ワールドカップドイツ大会では、男女通じて初となるワールドカップ優勝に輝き、翌年のロンドン五輪では銀メダルを獲得、2015年FIFA女子ワールドカップカナダ大会では準優勝を飾る。勝つ組織をつくりあげた氏のマネジメントは、スポーツ業界のみならず、多くのビジネス書でも取り上げられた。

「組織の舵取りは、1人だけの力でできるものではありません。運営サイド、メディカル、テクニカルそれぞれに専門スタッフがいて、監督は彼らと協力し合って選手を支えていく。コーチという言葉の語源は、『馬車』。選手たちを乗せて、目的地まで送り届けるのが役割です。その道中では、女性スタッフにしか打ち明けられないこと、メディカルスタッフが知るコンディションなど、それぞれの視点だからこそ分かる、選手について気になる点や気づいたことが必ずある。無事に目的地までたどり着くには、その有益な情報をできるだけ円滑に共有することが重要なのです。つまり良い組織づくりには、まずは私とスタッフとの風通しの良い関係性が必要になってきます。
 また、目標を定めて共有することも大切です。何を目指し、どこに向かうのか。大きな絵を描いていきます。初めはぼんやりしたイメージでもいいんです。目標ができることで、全員が同じ方角を目指して進むことができますから。あらゆる考察や判断に一貫性を持たせられます。
 なでしこジャパンの監督就任後、最初に掲げた目標は五輪ベスト4進出でした。私の中で『このチームの持つ力がうまく出せれば、ベスト4に届くのでは』というイメージはあったんです。結果として、いい形でチームづくりを行うことができ、北京五輪でベスト4進出を果たすことができました。それで次には、3年後のワールドカップでの優勝を目標に掲げたんです。どえらいことを言ったと思いましたよ(笑)」

 

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