巻頭企画 天馬空を行く

元プロボクサー 長谷川 穂積

長谷川 穂積
HOZUMI HASEGAWA

1980年生まれ。元プロボクサーの父親に小学2年生の頃からボクシングを教わる。1999年にプロデビュー。2005年、14連続防衛中のウィラポン・ナコンルアンプロモーションに勝利し、WBC世界バンタム級王座を奪取。以降10度の防衛を重ねる。その後、2010年にWBC世界フェザー級、2016年にWBC世界スーパーバンタム級王座を獲得。3階級制覇を達成し、同年に引退した。引退後はボクシング解説者やタレント活動の他、飲食店やフィットネスジムを経営するなど、実業家としても活躍中。

元プロボクサーの長谷川穂積氏は2016年に引退して以降、ボクシング解説者やタレント活動の他、飲食店やフィットネスジムを経営するなど、実業家としても活躍している。現役時代は10連続防衛や3階級制覇を果たすなど、輝かしい実績を誇る長谷川氏だが、その道のりは当然、平坦なものではなかった。「悔いを残さず引退できたこともあって、今は現役の頃より充実している」と語る長谷川氏に、新たなチャレンジをする楽しみや、過酷な現役時代の中で見いだしたことについて伺った。

 

ジム経営は会員と自分のため

まずは、長谷川氏が手掛けるフィットネスジム「H.H FITNESS&BOXING」について話を伺った。

「2019年の4月でオープンして1年。楽しみながら運営しています。このジムは、プロボクサーを養成する場ではなく、一般の方がスポーツ感覚でボクシングを楽しめる施設。健康管理・ダイエット・運動不足解消・ストレス発散などを目的としています。その中で、会員さんのトレーニングの際に、僕がミットを持つこともあるんですよ。
 また、もともとここを立ち上げたのは僕自身が体を動かす場所が欲しかったから。つまり、僕が練習するジムでもあるんです。少なくとも僕はそうなんですが、ボクサーというのは特殊な職業で、たとえ現役を引退しても、一生ボクサーであり続けるもの。プロボクサーという血を一回点滴された以上は、生涯その血が消えることはありません。なので、試合でリングに上がることはなくなっても、ボクシングはしたくなる。その衝動を抑える手段として、僕は今でもサンドバッグを叩き、マス・ボクシングをするんです。ですから、僕にとっては日々のトレーニングが、引退後の暮らしを充実させる助けになっています」

ジムが顧客を選ぶ時代

「会員さんには、楽しみながら体を動かしてほしい」と語る長谷川氏。経営者として、どのようなスタンスで運営にあたっているのだろうか。

「お客様がジムを選ぶ時代でもあるけれど、ジムがお客様を選ぶ時代でもある─というのが僕の考え。例えば、うちのジムの会員規約では、刺青がワンポイントでも入っていたら入会をお断りしています。また、敬語を使えないとか、ジム内の雰囲気を乱す人もダメ。こうした方針が自分に合っていると思える方に来て頂き、スタッフも会員さんもお互いに楽しみながら、トレーニングをしたいんです。
 会員さんには、京都や滋賀、熊本といった遠方から来てくれる方もいて、ありがたいです。また、会員さんの約4割は女性なんですよ。そして、トレーナーは2人とも元プロボクサーで、現役時代は1敗しかしていない。僕は36勝したけど5敗しているから、ある意味では僕のほうが彼らよりも下っ端かもしれません(笑)」

縁があって開いたタイ料理店

長谷川氏は飲食店の経営もしている。タイ料理店の「クルアタイ」は現役時代から運営している人気店だ。

「ジム運営を最初からスムーズにできたのは、現役中からクルアタイの運営をして、いろいろとノウハウを学んでこられたからでしょうね。僕よりも年上のスタッフに注意をする機会もありましたから、コミュニケーションの取り方など、いろいろ勉強になりました。
 クルアタイをオープンしたのは、腕の良いタイ人の料理人が知り合いにいたから。現在もその人が料理長を務めています。彼は『自分が認めた人としか店舗運営をしたくない』と、知り合った頃から言っていたんです。だから、いろいろな出資者からお声掛けがあっても、料理人として働くのを断っていました。そんな中、縁があって僕がオーナーを務める形で店を出すことになったんです。僕自身、もともとタイ料理は大好きでしたしね。
 スタッフに恵まれたこともあって、お店の運営もうまくいっています。今、接客担当をしているスタッフは、お客様への対応がとても丁寧なんですよ。いつも笑顔なのは当たり前で、お客様の想像以上の接客をしている。その点を、お客様からも褒めて頂いているくらいです。本当に素晴らしいスタッフが揃っているんですよ」

お礼やお詫びの言葉は人としての基本

タイ料理店とジムの運営は、共に順調に進んでいるという長谷川氏。経営者として、スタッフにどのようなことを求めているのだろうか。

「『ありがとう』『ごめんなさい』といった、基本的なお礼やお詫びの言葉を忘れないことです。そして、『それができなくなったら、人として終わりだよ』と言っています。どんな些細なことでも、何かを他人からしてもらったときには、必ずお礼を言う。『やってもらって当たり前』というような気持ちになって、お礼の言葉すら言わない人にはなりたくない。接客云々ではなく、あいさつは人間として大事なことだというのが僕の考えです。
 そして、頑張って働いてくれている従業員には、満足してもらえるだけの給料をきちんと支払うようにしています。これはスタッフにとっては大きなモチベーションになりますし、非常に大事なこと。僕自身の取り分を増やそうなんて考えはありません。働いてくれているスタッフを大事にして、できる限りの給料を渡すようにすれば、彼らはお店のために何かを返そうと、もっと頑張ってくれますからね」

楽しいことしかやらない

今後もさまざまな店舗をオープンしようと計画中だという長谷川氏。その原動力は何なのだろうか。

「2019年内には、焼肉店をオープンする予定です。その他、オープンしてみたいのはタイラーメン専門店、古着屋、ライブハウス─どうしていろいろな店を出すのかというと、理由は単純で、楽しそうだから。僕は、自分が楽しいと思うことしかやりたくないんです。焼肉店だって、オープンする理由はシンプルで、僕が焼肉を食べたいから(笑)。あとは、仲間や後輩たちが集まれる場所をたくさんつくりたいというのもあります。後輩のボクサーたちが、お金がなくておいしいものを食べられないときに、『俺の店だから、安くしとくよ』と言ってあげられる。そんな場所をつくりたかった。他の店も目的は一緒です。ちなみにライブハウスは自分がバンドに興味があって、開きたいなと。よそで演奏するには下手すぎるけど、自分のライブハウスならいいかなと思って(笑)。
 とにかく、自分がおもしろい、楽しいと思えることだけをやり続けたいんです。マンションを購入して不動産収入で生活してはどうかというお話をもらったこともある。だけど、それは楽しめそうにないから、性分に合わないんですよね」

ボクシングに対する気持ちの変化

長谷川氏がボクシングを始めたのは小学2年生の時。元プロボクサーだった父親に勧められたのがきっかけだった。当時はそれほど好きではなく、中学校に入ってから17歳になるまではボクシングから離れていたという。

「ボクシングを再開したのは17歳の頃でした。当時、今の妻と遠距離恋愛をしていまして、彼女は神戸に住んでいたんです。同棲がしたかったし、親元を離れて好きなことをしたいという思いもあった。そして、ちょうど神戸にはボクシングジムがあったんです。だから、都会に出て彼女と暮らすための口実で、父に『ボクシングをやるから神戸に行きたい』と言いました。つまり、ボクシングは再び始めましたけど、あの頃はまだ本気じゃなかったんですよね。
 ボクサーとしての自覚が出始めたのは、プロの肩書きが付いてから。人とはちょっと違う仕事に就いたと感じました。ただ、その頃はまだ、あまり楽しいとは思っていなかったです。絶対に世界チャンピオンになれるとも思っていなかったですし。とにかく、一試合一試合をこなしていこうという感じでしたね。
 分岐点になったのは、一度負けた相手にリベンジする機会があった時のこと。相手はアマチュアボクシング出身で、国内のアマチュア社会人チャンピオンになった経験もありました。そのため、初戦の時は『社会人チャンピオンに勝てるわけがない』と試合前から気持ちで負けていたんです。それで、再び戦うことが決まった時は、『技術で負けても気持ちは絶対に勝とう』と思いました。そんな意気込みの中で試合をした結果、今度は勝てたんです。あの時に、『ボクシングは相手に技術で劣っていたとしても、気持ちでその差を補えるし、勝てるんだ』と自信を持つことができた。あの経験は後に生きましたね」

 

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