巻頭企画 天馬空を行く

 

各選手の役割を見極め、伝える

サッカー監督は、選手選考や采配など、決断を繰り返す仕事であるとも言えるだろう。そうしたときに、判断に迷うことはないのだろうか。

「それはもちろんあります。ロシア大会に臨む23人の選手を選ぶのも、究極の選択と言えるものでした。だから、チームスタッフであるコーチングスタッフやコンディショニングコーチ、ドクターをはじめとするメディカルスタッフが集めてくれた情報には大いに助けられましたね。ただ、いずれにしても最後に決めるのは自分です。周囲の意見を大事にしすぎることで、自分の判断に迷いが生じてはいけないですから、過剰に頼らないように意識していました。大切なのは、集めた情報を参考にしつつも、きちんと自分の目で選手を見て、対話をして、フィジカルやメンタルをチェックすること。選手一人ひとりとコミュニケーションを重ねる中で状態を見極め、チームを編成していったのです」

チームづくりをする上では、コミュニケーションを重要視しているという西野氏。では、ロシア大会においては、選手のポテンシャルを最大限に引き出すために、どのような接し方をしていたのだろうか。

「私はよく、選手たちと1対1で対話をしました。そして、『お前にはこういうポジションで、こういうことを期待している。その部分で自分の力を出し切ってほしい』と、各選手に期待する役割を伝えるようにしたんです。それは、スタートメンバーなのか、バックアップメンバーなのか、そういう具体的なところまで全てです。そして、全選手に漏らさず伝えたのは、『日本代表には、お前の力がどうしても必要なんだ』ということ。『もちろん、お前のための大会でもある。個人の価値をチームに還元して、さらに自分の価値を高めてもらいたい。それができると信頼しているから、お前を選ぶんだ』と、強調しました」

賛否を呼んだポーランド戦の内幕

日本代表は、本大会に入ると下馬評を覆す活躍を見せた。グループリーグ初戦のコロンビア戦に勝利すると、続くセネガル戦でも接戦を演じて引き分けに持ち込んだため、決勝トーナメント進出の可能性が高まった。そこで迎えたのが、3戦目のポーランド戦。結果は1点差での敗北に終わったものの、見事決勝トーナメント進出を決めたのだ。しかし、それと同時に物議を醸したのが、負けを認めたかのような試合運びを選手に指示した西野氏の采配であった。当時の難しい決断について、同氏はどのように考えていたのだろうか。

「これまでもお話ししたように、私自身が攻撃的スタイルを標榜する監督ですし、あの代表チームはその哲学をもってつくり上げてきました。実際、1、2戦目では、アグレッシブにアクションしていくスタイルを前面に出し、今までのワールドカップで戦ってきた日本のパフォーマンスとは異なる姿をお見せできたと思います。
 それに対して3戦目は、決勝トーナメント進出を果たすために、他会場の結果も踏まえて戦う必要がある試合でした。つまり、試合中のスコアいかんで、状況が刻々と変化する可能性のある試合だったんです。そうした中で、自力で突破を決めるべく、攻撃的に1点を取りにいく戦術も用意していました。ただ、あの時点では負けていても突破の可能性がありましたし、攻撃的に向かっていってカウンターを受け追加点を献上したら、敗退になってしまう。リスクを負って攻めるのか、それとも守るのか─。チームの意思が統一されていない中途半端な状態を続けるのが最も危険ですから、結局は、1点リードを許した状況でも攻めることなく、これ以上得点を許さないような戦い方を進めました。その最終的な選択をしたのは私です。あの采配について、今でも納得できない人は多いでしょうね。負けを認めてプレーさせる指導者なんて普通はいないですから」

グループリーグ第3戦は、同じグループのコロンビア対セネガル戦が同時刻に行われた。スコアはコロンビアが1点リード。その時、日本は0対1でポーランドにリードされていた。そして、控えに回っていたキャプテンの長谷部誠選手がピッチに送り出されたのが、後半38分のこと。西野監督の「守備を徹底して点を取られるな」「不用意なプレーでイエローカードをもらうな」という意思をチーム全体に伝えるその交代は、現状のスコアを守りながら試合を終わらせる決断をした瞬間だった。

「実はあの場面で、攻撃的にいくため、決定力のある本田圭佑を送り出そうと彼にウォーミングアップをさせていました。つまり、同点に追いつこうと考えていたんです。しかし、その直後に何度か失点しそうなシーンがあった。それで、コロンビアとセネガルの試合状況を確認すると、今のスコアでも決勝トーナメントに行けることが分かったんです。その時、少しだけ猶予ができたので、改めて攻撃的か、守備的かを考えた。それで下した決断が、負けを認めつつ、そのまま試合を終わらせるというものでした。そして、そのメッセージを全体に伝えるために長谷部を投入したのです。
 あの采配については、今でもあれで良かったのだろうかと自問自答することがあります。ただ、決勝トーナメント進出を決められたことだけが救いでした。自分の信条を曲げてまで、次のステージへ進む確率を考えた上での判断でしたから。そういう意味では、今後のキャリアを賭けた決断だったのかもしれません」

アグレッシブな姿勢が状況を動かす

3戦目では敗れたものの、見事グループリーグ突破を果たした日本代表。続くベルギー戦は、強豪国を敗退寸前まで追い詰める熱戦となった。

「あの試合は、2対0でリードしておきながら、最後はひっくり返されてしまいました。サッカーの世界では『2点差は危険なスコア』だとよく言われますが、あの試合のあの状況で、『まさか今日に限ってこんなことが起こるのか』と思わされる展開になってしまったんです。ただ、あの試合はグループリーグの1、2戦目と同様、アグレッシブに戦えて、日本の良いところも随所に発揮できていました。
 振り返ってみると、ロシア大会では4試合全てに、劇的なドラマが起きました。例えば1戦目では、開始早々に相手チームに退場者が出ましたよね。そういうことが起こるのも、自分たちが決して受身にならず、アグレッシブに動いていたからです。受身でいるだけでは、事は起こらない。積極的に立ち向かうからこそ、アドバンテージになるような何かが起こるんです」

ロシア大会の日本代表は、西野氏の言うようにアグレッシブなチームで、3戦目の終盤の戦いを除けば、攻める意思がはっきりと伝わってくるサッカーをしていた。そして、実際に対戦相手と点を奪い合うエキサイティングな試合を繰り広げ、海外のファンからも評価を得た。

「日本のサッカーも、選手一人ひとりが自分のストロングポイントを生かした戦い方ができるようになってきたと思います。ロシア大会の代表チームで、今後の日本がどのような方向に進むべきなのかを考えるためのヒントは提示できたのではないでしょうか。個々人のレベルアップもまだまだ必要ですが、ああいう戦い方をすれば、日本も強豪国と渡り合えるということは示せたわけですから。
 日本人の良さは、規律正しく、組織力の中で技術を発揮する力があるところ。それらが生きる戦術を採用すれば、相手の強みを消すことを考えなくても、十分戦えるはずです」

 

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