巻頭企画 天馬空を行く

 

記録は単なる通過点


ボクシングの世界では、複数階級制覇、連続防衛などの偉大な記録を残した選手が賞賛の対象になる。井上氏はボクサーとしての理想像をどのように思い描いているのか。その道のりに到達点はあるのか、聞いてみた。

「体と相談しながらになりますけど、35歳まで、あと10年は現役を続けたいと思っています。自分が現役を引退する時に、良いボクシング人生だったと胸を張れたら、それで満足です。だから僕には、ボクサーとして達成したいと思う記録は特にないんですよ。例えば、マニー・パッキャオのように6階級制覇がしたいとか、具志堅用高さんの持つ世界王座13連続防衛という日本記録を塗り替えたいとか、具体的な数字で言えるような目標は一切ありません。
 僕がそういう目標を掲げないのは、その目標を達成した後、自分が燃え尽きてしまいそうな気がするから。つまり、たとえ13連続防衛ができたとしても、14回目の防衛戦に向けてモチベーションを上げることが、すごく難しくなるような気がするんです。例えば、最初から割り切って『6階級を制覇したら引退する』というような目標を掲げていたとしたら、それで良いのかもしれないです。ただ、僕にとってはどんな記録も通過点にすぎません。あくまで目の前の試合に勝ち続けていたら、気付けば14回王座を防衛していた、というようになれば良いと思っています。だから、記録を残すことにこだわらず、35歳でやれるところまで走り切るつもりです」

味わった者にしか分からない勝利の喜び

過酷なトレーニングをしながら減量に励み、試合では痛みを伴う上、常に危険と隣り合わせ。経験のない人間からすると、なかなか魅力を伝えるのが難しそうに思えるのがボクシングという競技だ。井上氏はボクシングの魅力をどういうところに感じているのだろうか。

「きつい練習をして、減量をして、試合に臨む。でも、それだけのことをする価値がボクシングにはあります。その苦しみを乗り越えて、試合に勝つ。その一連の過程を経験した人にしか、決して味わえない喜びがあるんです。試合終了までリングに立ち続け、レフェリーから勝利を宣言してもらう。あの瞬間の嬉しさを味わいたいからこそ、日々の練習や減量も頑張れる。それが、僕にとってのボクシングの魅力ですね。だって何千人、何万人もの観客が、僕と相手の2人の戦いに注目しているんですよ。そして、その戦いで勝利の手が上がったら、それはもう早く次の試合がやりたいと思っちゃいますよ。そのくらいの喜びを味わえるのが、ボクシングなんです。
 マクドネル戦ではインパクトに残るような試合をしてチャンピオンになります。そして、その次の試合ではスーパー王者のバーネットを倒す。これは目標ではなく、必ずやるものだと思っているんです。そのくらいの強い気持ちで次戦に臨みます。
 僕はスーパーフライ級時代にチャンピオンとして7回防衛を果たしましたが、気持ちは常に挑戦者でした。次の試合に勝ったらどの選手とやりたいとか、次の試合はアメリカでやりたいとか、この試合はこういう勝ち方をしたいとか──僕にとってボクシングは、常に挑戦を続けるための場所なんです」

(取材:2018年3月)

 

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巻頭企画「天馬空を行く」には、元ボクシング世界王者の内山高志さんがご登場!世界王者の栄冠を掴むまでの足跡を辿ります。

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