巻頭企画 天馬空を行く

株式会社 ワンダーテーブル 代表取締役社長 秋元 巳智雄

秋元 巳智雄 AKIMOTO MICHIO
1969年に埼玉県草加市に生まれる。大学時代、銀座の「プロント」1号店にてアルバイトとして働き、マネジャー職を経験。卒業後、(株)ミュープランニング・アンド・オペレーターズに入社。数多くの飲食店のコンサルティングを手掛け、経営者として頭角を現す。1997年に取引先であった富士汽船(株)に転職し、前社長の林氏と共に事業改革を推進。2000年に社名を(株)ワンダーテーブルに変更し、2010年に東証2部上場廃止を行う。役職としては部長、取締役を歴任し、2012年に代表取締役社長に就任。

近年の飲食業界は、社会問題ともなっている労働環境や、経営者の後継ぎ不足など、解決しなければならない課題が山積している。そうした状況にあって、国内外に110店舗を展開する外食企業である(株)ワンダーテーブルは、1桁台という同業他社と比べ極めて低い離職率を誇る。社員や店舗を成長させる体制を整え、多店舗展開を実現する活躍を見せている同社。その経営を手掛ける秋元社長は、過去に直面した数々の苦境を、社員と志を1つにして乗り越えてきたという。彼が経営に掛ける想い、そしてその先に見据えるビジョンとは。

 

導かれるように飲食業界へ

海外ブランドを日本に誘致する一方で、自社のブランドを海外へ進出させるなど、グローバルに展開している外食企業、(株)ワンダーテーブル。同社はいかにして世界で活躍する体制を確立したのか。それを探るべく、1997年に同社へ入社して以来その経営を支え続け、2012年に代表取締役社長に就任した秋元氏に、まずは自身がこれまでどのような道のりを歩んできたのかを伺った。

「幼い頃から友達がいつも自然と家に集まってくるような子どもで、周りの大人にも『巳智雄は人気者だから、商売が向いているんじゃない?』なんて言われていました。また、両親が農業を営んでいて、今で言う『地産地消』『スローフード』のような食生活を送っていたので、食材や味へのこだわりはこの頃から身に付いていたのではないでしょうか。そして中学・高校と映画少年だった僕は、日比谷線の延長にあった埼玉県草加市の家から、毎週のように銀座に通って映画を見るようになりました。それで『銀座で働きたい』という憧れを抱くようになり、大学に入ったとき、ちょうど募集していた『プロント』の1号店でアルバイトを始めたんです」

生まれ育った環境と銀座で働きたいという想いが重なり、19歳で飲食業界に足を踏み入れた秋元氏。それからすぐに「飲食が自分の天職」だと感じるようになったという。

「食に関わる業界の中でも飲食店では、現場で働く人が『これを一生懸命売ったら売上につながる』という意識の下、リアルな商売をしているのが面白かったですし、僕はやはり人と関わる仕事が好きだとも感じて。20歳の時にはこの業界で生きることを決意し、学生のうちにたくさんのことを学ぶことにしました。プロントでスーパーバイザーを務めたり、いろいろなお店で働いてみたり。その中の1つだった飲食コンサルティング会社では、学生の頃からチーフバーテンダーとしてお店を任されながら、コンサルタントとしてメニューの作成や、社員研修も任されていました。そうして、卒業後もその会社にお世話になることになったんです。それからは、北海道から沖縄まで、大小問わず全国のさまざまな飲食企業の事業計画やコンセプトを立てるなど、多くの勉強をさせてもらいました。
 そこで知ったのが、お店が小さければ小さいほど、お金にシビアにならないといけないということ。例えば、グラスが1つ500円だとして、それが20個入った箱ごと一気に割ってしまったら1日の利益はなくなりますし、水を流しっぱなしにしたらそれだけ水道料金が掛かります。そういう現場のことを隅々まで学んだ経験というのは、今のビジネスにも生きていると思います。
 また、入社したばかりの頃はバーのオーナーになるのが夢だったので、26歳の時には友達と一緒に3店舗を運営するようになりました。コンサルの会社に勤めながらでしたが、人手が足りないと朝5時までヘルプで入ることも。ただ、今のまま数店舗を抱えて働いても、毎月の資金繰りに追われる人生になってしまう─そうではなく、もっと自分自身に力を付けたい。自分で会社を立ち上げたり、お店のオーナーになったりするのはその後でもいいと、そう思ったんです」

そこでゼロからスタートするべく、当時の取引先だった富士汽船(株)に転職した秋元氏。同社はもともと海運業を営んでいたが、レジャー事業を手掛けるヒューマックスグループの資本参入によって飲食業を始めたばかり。東証2部上場企業ながら厳しい状況にあった。

「転職を考えたときに声を掛けてくれた中で、一番条件が良くなかったのがこの会社です。しかし秘めている可能性は一番高く、一緒に働きたい仲間もここにはいました。それが(株)ワンダーテーブルの前身です。この会社でのキャリアは、店舗のマネジメント部と入社後に僕が立ち上げた企画開発部の、2つの部門のアシスタントマネジャーからスタート。それがマネジャーになり、副部長、部長、2002年に取締役になりました。もう役員になってからのほうが長いですね」

入社して5年ほどで取締役にまで登り詰めた秋元氏は、その10年後には社長に就任を果たした。順調にキャリアを積み上げられた要因は、どのような点にあるのだろう。

「『志を持って働こう』と今は僕から若いスタッフに向けて言っていますが、僕自身も『自分の手でこの会社を外食産業のエクセレントカンパニーにしたい』という志は当時から変わらず持っていました。新しいブランドを立ち上げ、元気のあるお店をつくる。そして若手を集めて研修し、成功させて勢いのある会社にする・・・ということを、役職が低くても続けてきたんです。その結果、役職やお金が後から付いてきたのだと思います」

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2017年11月号
COMPANYTANK 2017年11月号

巻頭にはプロ野球選手・井口資仁氏がご登場!現役引退直前に何を思うのか──氏の信念、そして今後に向けた思いまでを存分に伺いました。

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