巻頭企画 天馬空を行く

201707tenma_h1-01

 

運命的な書道への復帰

201707tenma_ex02

そして岡西さんは高校卒業後、女優としての活動を開始。CMやドラマ、映画など映像作品への出演が多かったものの、大女優・森光子さん主演の舞台「雪まろげ」にも出演を果たすなど、舞台に立つという夢もかなえることができた。しかし、女優としてのキャリアを着実に積み上げていた最中のこと。22歳で突如、書家への大転身を遂げることになる。

「大学に入ってから卒業するまでの4年間、書道には一切触れていなかったんです。女優の活動をしつつ、大学でも演劇を必死に学んでいたので、本当に時間が足りなくて。また、私に書道を教えてくださった師匠が亡くなったことなど、色々な事情が重なったタイミングでもありました。
 しかし、たまたま実家で過ごしていたときのことでした。家に遊びにいらしていた知人のご夫婦が、私の書いた書が冷蔵庫に貼ってあるのを見て、『これ、佑奈ちゃんが書いたの?』と聞いてこられたんです。額にも入っていない、たった1枚の書でしたが、続けてご夫婦が、『絶対に書道を続けたほうがいいよ』と言ってくださって。その言葉が、不思議と自分の中にすっと入ってきたんです。それで、夜の9時頃だったのですが、書道の道具を全部引っ張り出して、久しぶりに書いてみることにしました。すると、自分の中にビリビリビリッ──と稲妻が走ったんです。雷に打たれたような衝撃って本当にあるんだ、と思いましたね。そのときに、自分の中に『ずっと書きたかったんだ』という感情があふれ出てきて、訳も分からず涙を流しながら、朝になるまでひたすら書き続けていました。そのとき、『書道で生きていきたい』と心から思ったんです。それが、書家になろうと決めたきっかけでした」

自身の中に生まれた直感に従い、書道を再開した岡西さん。ただ、書道を「仕事」として手掛けるのは初めてのことで、当初は苦労も多かったという。

「書家になると言っても、どんな仕事があるのか見当も付きませんでした。すぐに思い浮かぶのは、書道教室を開くか、展示をするかというくらい。そんなとき、街を歩いたり、雑誌を読んだりしていると、ふと、筆文字が使われている看板やパッケージが意外と多いことに気が付いて。それなら、私も企業にアプローチして仕事を頂こうと思い、最初は異業種交流会などに参加しながら、ひたすら名刺配りをしていました。
 でも、営業活動をしたからといってすぐに仕事が来ることもなく、しばらくは本当に食べられない日々が続いて・・・。知名度も実績もなかったですし、その上、書家になりたての20代の女性というだけで、企業の方に信用して頂くのに時間が掛かったというのが正直なところです。それに、女優業も決して嫌になって辞めたわけではなかったので、前職の関係の方から女優の仕事の誘いを頂くたびに、自分の中で葛藤が湧き起こっていました」

そうした辛い時期を経て、書家として軌道に乗ったのはいつ頃のことだったのだろうか。

「書家になって3年目を迎えたときに、初めて個展を開いたんです。自分の思いで書いた作品を、知人をはじめ、色々な方に見て頂いて、自分の中で『やっと書家としてのスタートを切れた』という実感がありましたね。それを機に、仕事のご依頼やご紹介を頂けることも増えていって。その頃から少しずつ、活動の幅が広がっていったように思います」

書を通じ、子どもに命の大切さを

苦節3年、徐々に仕事の依頼が増えていったと話す岡西さん。現在手掛ける仕事を伺うと、企業からの依頼が大半を占めているという。

「企業ロゴや商品のパッケージ、名刺のデザイン、お店の看板、店内の装飾など・・・企業の方から頂く依頼は多岐にわたりますね。あとは、テレビ番組や本の題字を書いたり。それから、書道パフォーマンスの仕事で、企業の周年記念パーティや、新春イベントなどの式典に呼んで頂くことも多いです。そうした依頼と並行して、個展の開催や展覧会への出品も行っている、という感じです。
 また、不定期にはなりますが、小学生に向けた書道教室も開いています。これは、依頼を頂いた小学校に伺って、ボランティアで書道を教えるというもの。昔、小学生の子が、とても悲しい方法で自分をあやめてしまったというニュースを見たのですが、それが本当にショックで・・・。子どもたちにこそ、命の大切さを伝えられたらと強く思ったんです。でも、私にできることは書道だけ。そこで、私の教室では子どもたちに、書道で自分の名前を丁寧に、大切に書いてもらうようにしています。名前は自分を映す鏡のようなもの。だから、自分の名前をしっかり書くことで、自分自身のことも大切にしてもらえたらと思っています」

前衛的な創作で書の表現を広げる

また、岡西さんはアーティストとしての創作活動にも意欲的だ。書の作品はもちろんのこと、「水墨画」や、「墨象画」と呼ばれるジャンルにも力を注ぎ、表現の幅を広げている。

「書に次いで水墨画を習い始めたのですが、そのときに書と水墨画は、似ているようで実は全く似ていないということを知りました。特に大きな違いは、ひとたび書き始めたらゴールに真っ直ぐ向かう書道に対し、水墨画は、上から描き足したり、直したりしながらつくっていくものだということ。その技法が私にとってはすごく新鮮で、これを何とか書に生かした試みができないかと模索していたときに出会ったのが、墨象画でした。
 墨象画というのは比較的新しいジャンルの創作で、文字を表現する書道の枠を超えた前衛的なものです。使う画材も、描く素材も全て自由。例えば、和紙に墨という組み合わせだけではなく、私の場合は、キャンバスにアクリルや油を合わせることも多いですし、それを手や石、葉っぱなどを使って描いていくこともあるんですよ。そうして自由につくられた作品から、鑑賞者に文字やモチーフをイメージして頂くという意味では、抽象絵画に近いものだと思います。
 色々な見方がありますが、私自身は書をアートだと捉えていて──書におけるアートとしての側面の価値を伝えるツールとして、墨象画はとても相性が良いんです」

「書=アート」だと語る岡西さん。実際、書や墨象画の作品を生み出すときには、書道以外の分野から着想を得ることも多いのだとか。

「以前、バルセロナに行ったとき、アントニオ・ガウディの建築作品を見たんです。ガウディは曲線を取り入れた建築を手掛けることで有名ですが、その曲線美が本当に素晴らしくて。彼の建築作品は、植物も生き物も、それらを構成する細胞1つとっても、自然から生まれたものに完全な直線は存在しない、という理論を元に設計されています。そこからは、自然に対する強い尊敬の念を感じるんです。そのことが、すごく心に響いて・・・それからしばらくは、ガウディの建築がずっと心に残っていたので、自分で書を書く際にも直線が書けなくなってしまったくらいでした(笑)。
他には、『黒の画家』と呼ばれるピエール・スーラージュや、青一色の世界を表現し続けた美術家、イヴ・クラインの作品などからも、たくさんの感銘を受けましたね。本当に色々な芸術作品にインスパイアされていて、それを自分の創作に生かしているんです」

表現を仕事にすることの使命

分野を問わず蓄えた豊富なアイデアに、書を通して「作品」という形を与えていく。岡西さんは言葉を書く際、文字の持つ意味や歴史を考えるという。

「漢字や熟語を書くときは、その成り立ちを一通り復習するようにしているんです。そうして、一文字一文字にある背景としっかり向き合うようにしています。その上で、歴史がつくりあげた線の芸術に、オリジナリティを足して表現していくわけです。
 ちなみに私は、孔子の儒家思想で5つの徳として説かれる仁・義・礼・智・信の中の、『仁』という言葉が好きなんです。『仁』は『人を思いやる心』の意。何においても思いやりは大切ですし、私自身、書をする中でその心を常に持つようにしています」

しかし、そのときに味わうのが“生みの苦しみ”だ。

「自分の中には究極の美のイメージというものがあって。その姿は、色々なものに影響を受ける中で日々変わっていくのですが・・・自分の作品を、その理想の形に近付けられないときは、すごく歯がゆい思いがしますね。
 それから、自分としては作品を書くに当たって“ビジネス”の感覚で捉えるとどうしても良いものがつくれないので、なるべくその意識を持たないように気を付けています。一方で、仕事として依頼を頂いて書くときは、当然、クライアント様の思いやイメージとすり合わせていかなければ、求められるものをお返しできません。自分の中の“美”の感覚を追いつつ、クライアント様の要望には耳を傾けて柔軟に対応する必要がある。この葛藤は、表現することを仕事にされている人は誰しも、心のどこかに抱いているのではないでしょうか。私はこういった点で、書のことを『精神修行』のように感じているんです」

1 2 3


amazonからのご注文
2019年7月号
COMPANYTANK 2019年7月号

巻頭企画「天馬空を行く」には、(株)新日本科学の代表取締役会長兼社長兼CEOの永田良一氏がご登場!国内外で積極的に事業拡大を図ってきた同氏から、ビジネスのヒントを探ります。

定期購読のご案内
 
LINE@無料会員登録はこちらから

LINE@無料会員登録はこちらから

interviewer's eye

カンパニータンクのインタビュアとして活躍されている各界の著名人たちに本誌編集局が逆インタビュー。

矢部 みほ 杉田 かおる 名高達男 水野 裕子 鶴久 政治 畑山隆則 宮地 真緒 時東ぁみ