巻頭企画 天馬空を行く

俳優・タレント / TDM 株式会社 代表取締役 デビット伊東

デビット伊東 DAVID ITO
埼玉県入間市出身。ショーパブで出会ったヒロミ氏、ミスターちん氏と共に1986年、コントグループ「B21スペシャル」を結成し、タレント・役者として活躍する。レギュラー出演していたバラエティ番組『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』の企画を機に2000年、芸能界からラーメン店経営に軸足を移し、店舗展開を果たす。その後、いかりや長介氏の助言により芸能界に復帰、タレント・実業家として多忙な日々を送っている。現在49歳。

「芸能活動」と「会社経営」の両立は難しい。それは求められる資質が真逆だからであり、実際にこの“二刀流”をこなす人はほとんどいないのが現状だ。そのなかでこの2つの役割を高いレベルでバランス良く担っているのがタレント・実業家のデビット伊東氏、その人である。

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タレントからラーメン店主へ

「“芸能”と“実業”の双方で同時期にバランス良く一定の成功を収める」という稀有な経歴を持つデビット伊東さん。まずは氏に、芸能界入りした経緯を伺った。

20160701_tenma_ex01「僕、学生時代は野球やラグビーに熱中していて、将来は教師になりたいと思っていたんですよ。なんとなく芸能界への憧れはあったけど、どうやって入っていいかも分からないという、まあ普通の学生ですよね。それで高校を卒業してから興味本位で歌舞伎町のショーパブで働き始め、そこでお笑いまがいのことなんかもしていたとき、一緒に働いていたヒロミさんに誘われるがままコントグループ『B21スペシャル』を結成。すると、演芸番組で10週連続で勝ち抜いてあれよあれよとデビューが決まり、気付けばテレビに出るようになっていたんです。ダウンタウンさんやウッチャンナンチャンさんが出始めたのと同じくらいのタイミングですね。ちなみに『デビット』という芸名は“デヴィッド・ボウイ”に似ているからという理由で、当時の歌舞伎町No.1だったヘルス嬢に付けてもらいました(笑)」

ショーパブの人気者がバブル期の時流に乗って一気にスターダムへとのし上がった格好だが、人気絶頂当時、どんな思いを抱いていたのだろう。

「正直、何かを考えるまでもなく先に周りが動いてしまうので、ただ目の前の仕事を一生懸命にやるだけという感覚でした。今振り返ると時代の流れに乗っただけで、僕たちに実力があったとは思いません(笑)。一方で“お笑いブーム”に乗って出てきた最近の芸人さんたちはレベルが高くて、本当に面白いと思いますね」

そしてデビューから順調に芸能活動を続けるなか、バラエティ番組『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』の一企画でラーメン修業をすることになる。

「ラーメン自体は好きでしたが、お店を出すなんて考えたこともありませんでした。ただちょうどその頃、体を酷使しすぎたせいか左膝から下が麻痺した状態になり、装具を付けた状態でテレビや舞台に出ていたんです。が、それだとどうしても感覚的に最初の一歩が遅れたりして思うように動けず、色々なことに対して違和感を覚えていた時期でもありました。そんなときにラーメン修業の話を頂き、それに食い付いたというのが最初ですね。15年くらい前の話です」

芸能人やタレントが出す店舗は概して、名義を貸すだけで本人は芸能活動メインで続けるものだ。しかしデビット伊東さんは番組内でのラーメン店修業の企画を受けた時点で、芸能界を退くことを決意していたという。

「当時はタレントショップが全盛で、それに関連したTV番組の企画もたくさんあったのですが、自分の名前を使ってラーメン店を出す以上は潔く芸能界を去るべきだと考えていました。もともと不器用なタイプですし、中途半端にやってしまったとしたら、何か全てに対して申し訳ないというか、かっこ悪いというか・・・色々な感情が入り交じった末に出た結論は、“背負ってるものを捨て、一個人としてどこまでできるのか試してみたい”というシンプルな思いだったんです。
 誰かから後押しされるとか、誰かに相談するというのは一切ありませんでした。そもそも、何かにチャレンジすること自体に不利益はないじゃないですか。そのチャレンジが向こうから転がり込んできて、それに乗るか乗らないかというだけの話であって、そのときの状況がどうこうよりも、単純に全力でチャレンジしたほうが絶対に将来プラスになるとしか考えていませんでしたよね」

ラーメンづくり、人づくり

たった3ヶ月というハードな修業を経て2000年7月、「でび渋谷店」がオープン。人気テレビ番組の企画ということもあり当初は客が殺到したという。

「確かにオープン当初はたくさんのお客様に来て頂きましたが、これはテレビの影響だということも分かっていました。実際、ブームが過ぎたあとは相手にされなかったですね。実は当時、どうしたらお客様に喜んでもらえるかを考えるなかで、「とんこつ」「醤油」「味噌」「塩」のどれでもない5つ目のスープのカテゴリを新たにつくってやろうと本気で考えていたんですよ。でも結局、それは僕の力不足と独りよがりだということに気がつき、そこから本当の意味でお客様に支持して頂くための味や店舗づくりについて模索し始めたんです。
 味については、スタッフと共にたくさんのミーティングを重ねながら改良を加えてきました。自分だけの意見というのは結局、自己満足に過ぎませんからね。基本的に僕は、スタッフの意見は全て取り入れます。自分で新しいスープをつくったときなども、試飲するスタッフの顔色をみてダメそうならすぐに捨てちゃいますね(笑)」

このようにスタッフとの繋がりを大事にするのは、何より“人づくり”に重きを置いているからだ。

「もともとは芸能界の人間なので、僕にとってお笑いも俳優もラーメンも『お客様を楽しませる』という意味では一緒なんですね。ラーメン店もいわば“舞台”で、ラーメンはもちろん接客なども含めて『一杯700円』のチケットを買って頂いているという感覚です。例えば手間暇をかけて100点のラーメンをつくったとしても、スタッフがいい加減な接客をしてお客様に不快な思いをさせてしまったら全て台無し。正直、どこのラーメン屋さんも美味しいのは当たり前で、あとはその店の個性が乗っているだけという側面もありますよね。だからこそ僕はラーメンづくりより人づくりのほうが、よっぽど大切だと思っているんです」

では、そのスタッフ育成において心がけていることはなんだろう。

「すごく簡単なことなんですが、『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』『いただきます』『ごちそうさまでした』『おはようございます』『おつかれさまでした』─これらの基本的な挨拶を徹底しているだけですね。あとはスタッフが個性を発揮できるよう、彼らを信じて任せることじゃないですか?信頼していた人間が急にいなくなってしまったこともありましたが、そのときは色々と考えさせられましたし、とにかく信頼しないことには成長もありませんからね。
 実は接客についても色々と試行錯誤を加え、チェーン店によくあるような接客マニュアルを導入した時期もありました。でもそうなると今度はスタッフの個性が出せなくなり、柔軟な対応ができないどころかスタッフの成長も止まってしまう。そのことが分かった今は会社のほうで接客をマニュアル化するのではなく、逆にスタッフのほうから接客についてどうしたいかの意見があがってくるのを待っている状態です(笑)」

個性を尊重するからこそ、スタッフは最高のパフォーマンスを発揮できる。このシンプルな摂理を徹底しているのがデビット伊東さんの経営術と言えるかもしれない。

「スタッフとはよく個別に飲みにいったりしますよ、僕。たくさん話すことで、相手の個性をより深く知れるわけですから。そもそも店舗に入ったら、社長だろうが社員だろうがアルバイトだろうが誰も偉くない。お客様からしたらそんなことは関係ないですし、だから僕もスタッフとフラットに接していますよ。立場が上の人間が頭ごなしに怒っても、何もいいことはありませんしね。
 うちの組織をピラミッドで例えたら、頂点が店長で僕は一番下。道を切り開いているのは僕ですけど、現場の権限は従業員にあり、僕はそれを下から支えているだけの人。実は創業からのメンバーもたくさんいて、どんどん給料が上がっていくんですけど・・・なかなか辞めてくれないんです(笑)」

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巻頭企画には株式会社ワンダーテーブルの秋元社長が登場。飲食業界で数々の改革を行う経営哲学について伺いました。

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