巻頭企画 天馬空を行く

株式会社 インベスターズクラウド 代表取締役 古木 大咲

古木 大咲 FURUKI DAISAKU
1979年生まれ、鹿児島県出身。中学3年生時に福岡県へ移り住む。高校を1年で中退し、アルバイト生活を経て21歳のときに正社員として不動産会社に就職。アパート経営サイトの立ち上げから物件の売買など様々な経験を積んで2005年、25歳で独立し、その後に前身となる(株)インベスターズを設立した。以後、福岡市の共同住宅建築主件数の第1位を記録し続けるなど業績を伸ばし、2014年には本社を東京へと移転、(株)インベスターズクラウドへと社名を変更した。

日本最大級のアパート経営プラットフォームを提供する、(株)インベスターズクラウド。「アプリではじめるアパート経営」という従来になかった独自のビジネスモデルを確立して多くの顧客を獲得、不動産とITを結び付けたことで躍進を続ける新進企業だ。今回は東証マザーズ上場を果たしたタイミングで、同社の古木社長の胸中に迫った。

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いち早くITを採り入れた会社員時代

2006年の創業以来、常識にとらわれない柔軟な発想力と抜群の行動力で不動産業界におけるニューモデルを推し進め、わずか10年足らずで竣工棟数1000棟突破、年商146億円の規模にまで組織を進化させてきた古木社長。そんな氏のルーツを、まずは聞いた。

「私、高校1年生のときに高校を中退しているんです。それで地元の福岡県内でコンビニや飲食店などのアルバイトをしていたんですが、私が中学3年生のときに他界した父が建設関連の自営業をしていたこともあってか、次第に“起業したい”との思いが湧いてきて・・・。それで職探しをするなかで、たまたま正社員になれたのが不動産会社だったんですね。21歳のときです。ただ、将来の独立を見据えていたので営業職を希望したところ、社長の答えはノー。確かに約5年間もフリーターをしていた私が、いきなり大切な投資用物件の営業を任されるはずもなく、最初に配属されたのは不動産管理部でした。
 それで物件清掃の仕事からスタートしたのですが、どうしても営業がしたかったので、休日を利用して飛び込みの営業活動をするようになったんですね。すると運よく投資用の不動産物件を売ることができ、それを評価して頂いて営業職に転身できたというわけです」

休日返上で働くことで清掃員から希望の営業職に移った古木社長は、次第に独自の営業スタイルを構築していく。

「一棟売り新築アパートの事業部に配属されてからも、最初は引き続き飛び込みでの営業をしていました。しかし地道に一件一件回っていくことにどうしても効率の悪さを感じ、そこで思いついたのがITを駆使した集客でした。2002年当時はIT企業の台頭が目立っている時期でもありましたし、新築アパートの販売サイトをつくって集客すれば業務効率が上がるのではないかと考え、それを実践したんですね。
とはいえITの知識はまったくありません。それでホームページ制作会社に連絡すると、当時はITバブルが弾ける前ということもあり、大したものでなくても300~500万円ほど掛かると言われまして。それでも会社に稟議書を提出してみたのですが、あっさり否決されましたね(笑)。ただ、“サイトをつくったほうが絶対にいい”と直感的に思っていたので食い下がってお願いしたところ、何とか100万円の予算を頂くことができたんです。
 そしてその金額でホームページをつくってくれる方を片っ端から調べていくうち、フリーランスのプログラマーさんが1名だけ見つかりまして。私もホームページづくりを学びつつ、その方と共に二人三脚で販売サイトを完成させました。すると月間30名くらいのお客様から問い合わせを頂けるようになり、実際に購入して頂くこともできた。このとき、インターネットの効率の良さを心から実感しましたね」

リーマン・ショックから学んだこと

そうして不動産業界で実績を積んで2005年、25歳のとき、福岡の地で念願の起業を果たすこととなる。

「起業当初は資金がないので、少しでも売上に繋がればと考え不動産関連の仕事を手広く請けていました。不動産物件を売買したり、賃貸物件の仲介をしたり、投資用物件を提案したり、居抜き店舗など事業用物件を扱ったり・・・。でもそのうちに色々と手がけるうえでの業務効率の悪さに気付き、なにかの分野に絞ったほうがいいなと考えるようになった。いわゆる選択と集中ですね。じゃあ、何をするか。やはり以前にやって手応えのあった投資用アパートの事業がいいなと思って再びその販売サイトを構築、2年間で40棟を販売するなど順調に業績は伸びていったんです」

同業他社が飛び込み営業や電話営業、新聞の折り込み広告や見学会などに力を入れるなか、古木社長はITでの集客に注力することで受注数を伸ばしていく。しかし2008年9月のリーマン・ショックにより、会社は存続の危機に直面した。

「それまでは土地を購入してアパートを建て、一棟の完成在庫を販売するというビジネスモデルで売上も伸びていたので、そのモデル自体になんら疑問を感じてはいませんでした。しかしリーマン・ショックによる国際的な金融危機によって金融機関からの融資条件が格段に厳しくなり、例えば7000万円の物件を買うのに必要な自己資金が1000万円から3500万円に引き上げられるなど、一口に言えば物件が売りづらくなってしまったんですね。
 どうしても買い手が見つからず、資金難に陥りあやうく会社が倒産しかけました。当時20名いたスタッフには3ヶ月ほど給料も払えず、社を去った人間もいました。それでも年末までには何とか業績を回復させ、前年度よりアップする形で遅配分の給料も全て支払うことができたのですが、在庫型モデルを続けていけば、またどこかのタイミングで金融危機に見舞われたときに会社の存続自体も危ぶまれてしまう。その思いからビジネスモデル自体を見直すなかで、“土地をマッチングしてアパートを受注する”という業務フローに方向転換することを決意したんです」

在庫を抱えるリスクを肌で感じたことから、従来の不動産売買の世界ではありえなかった無在庫型のビジネスモデルを模索し始めた古木社長。まったく新しい業務スタイルを確立するまで、3年の歳月を要したという。

「当然ですが、どれだけ説明してもお客様に理解して頂けないという点が苦労しました。ましてやリーマン・ショックのさなか、不動産業界の信用も下がっている状況下で、紹介された土地を買わされ、さらに存続さえままならない不動産会社に建築を依頼して半年後に建物を完成させる・・・どう考えても不安要素だらけですよね。もちろん銀行さんも、弊社に対して同様のリスクを感じているので融資を受けるのも難しい。それでもやっていることは理に適っているし、ITでしっかりメリットを打ち出せば賛同してくださる方々も増えていくはず─その一心で続けた結果、約3年がかりで土地から選べるアパート経営のシステムを完成させることができたんです」

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2017年9月号
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巻頭企画には株式会社ワンダーテーブルの秋元社長が登場。飲食業界で数々の改革を行う経営哲学について伺いました。

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