巻頭企画 天馬空を行く

株式会社 ヤッホーブルーイング 代表取締役社長 井手 直行

井手 直行 −  IDE NAOYUKI
1967年生まれ。福岡県出身。学業修了後、音楽好きが高じてオーディオ機器などをつくる老舗電気機器メーカーに入社する。同社の主力業務の1つであったパソコン周辺機器のエンジニアを5年間務めた後、環境アセスメント事業を行う会社での勤務を経て、長野県の広告代理店に転職。営業職を務める中で(株)星野リゾートの星野佳路氏と出会い、1997年、(株)ヤッホーブルーイングに入社する。同社の営業部門をまとめ、Web管理担当を経た後、2008年に代表取締役社長に就任した。

「ビール離れ」が叫ばれて久しい。ビール業界大手5社が発表した2015年上半期のビール類の課税出荷量は、1億9575万ケース。前年同期より0.6%減少、3年連続で前年割れとなり、統計が開始された1992年から上期として過去最低記録を更新した。しかしそんな中、10期連続で増収増益と躍進を遂げているビールメーカーがある。1996年の創業以来、長野県・軽井沢の小規模醸造所によってクラフトビールをつくり続けてきた、ビール業界シェア第6位の「ヤッホーブルーイング」だ。同社の井手直行社長に、これまでの苦難の道やその乗り越え方、ビールに懸ける熱き思いを聞いた。

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エールビールを日本で広めるために

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「よなよなエール」「インドの青鬼」「水曜日のネコ」・・・個性的なネーミングとパッケージが目を引くビールを店頭で見かけ、思わず手に取ったことがある人も多いのではないだろうか。これらのビールを製造しているのは、リゾート事業で知られる(株)星野リゾートのグループ会社、(株)ヤッホーブルーイングだ。代表を務める井手氏に、まずはビール事業に携わるに至ったきっかけを聞いた。

「前職では軽井沢にある広告代理店の営業職に就いていて、そのときの取引先が星野リゾートでした。社長の星野とは仕事でやりとりするうちに距離が縮まって、ある日『一緒にビール事業を始めないか』と声を掛けてもらったんです。会社が設立されたのは1996年で、その翌年に醸造所がオープン。星野のほか、創業メンバーは私を含めて7名でした」

現在、国内で出回るビールのほとんどは下面発酵で醸造される「ラガービール」だが、ヤッホーブルーイングが売り出しているのは全て上面発酵で醸造される「エールビール」。“のどごし”重視のラガービールに対し、エールビールは豊かな香りや味わいが特徴の“個性派”だ。

「星野に教えてもらうまで、エールビールを飲んだことはありませんでした。それで、星野がアメリカで発見して感動したというエールビールを飲んでみたら、びっくり。香りが華やかで、深いコクがあって──『これはビールですか?』と思わず口にしてしまいました。そのとき、『外国にはこういうビールがたくさんあるのに、日本にはまだない。だから我々がこのビールを日本で広めていこう』と星野が話すのを聞いて、その壮大な夢に心からワクワクしたのを覚えています」

クラフトビールブームの盛衰

1994年、酒税法改正によってビール製造免許の製造量下限が大きく引き下げられ、小規模な醸造所でのビール造りが可能になった。それにより、全国各地で地ビールが続々と誕生することになる。

「我々がビール製造免許を取得したときは、全国ですでに100番目。その後もたくさんの企業が地ビールを造りはじめて、ピーク時には300社以上が参入していたんじゃないでしょうか。そうした地ビールブームに乗って、創業当時につくった『よなよなエール』の売り上げは順調に伸びていきました。でも、好調な時期はそう長くは続かなくて・・・。1999年をピークにその後の数年間、ずっと業績が下がり続けたんです。それは我々に限らず他社さんも同様。そこには主に3つの理由がありました。大手ビールメーカーが大量生産する安価な発泡酒などに対し、地ビールは小規模醸造なのでどうしても割高になります。そのうえ大手のビールを飲み慣れていた日本人にとって、その個性的な味は『2、3回飲めば十分』と思われてしまった。さらに新規参入企業が多かったこともあり、市場には品質の悪いものも多く出回っていたんですね。そういう良くない評判が強まったせいで、地ビールブームは終焉を迎えたんです。
 私は営業を務めていましたが、業績が良かったときはほとんど営業らしい営業をせずとも注文が来ていたのに、売れなくなってからはどんな提案をしてもダメで。スーパーや酒屋を一店一店回っても門前払いだし、なけなしの金をはたいて長野ローカルのテレビCMを打ったり、観光地で試飲販売もやりましたけど、うまくいかない。とにかく、考えられることは片っ端からやりました。
 そんな時期が続けば当然、社内の雰囲気も悪くなります。営業と製造の部署間でいがみ合ったり、そもそもエールビールを日本で売ること自体が無理なんだと非難する者もいて、気が付けば20名ほどまで増えていたはずの社員も半数に減っていました」

インターネット販売に活路を見出す

希望の光が射したのは2004年秋のこと。インターネット販売に本格的に着手し、活路を見出し始めたのだ。ヤッホーブルーイングはインターネットショッピングサイト「楽天市場」の1期生だったが、選任の担当者もおらず、出店当時の1997年から開店休業状態だった。

「ネット販売に注力しようと決めたのも、『ネットに目を付けた』とかそんな格好良いものじゃなくて、やり残していたことがこれしかなかっただけなんです。外部からプロを呼ぶお金もなかったので、ネットショッピングどころかパソコン操作すら不慣れだった私が、楽天市場の初心者店舗向け販売講座を受けることになりました。当時、私は営業部門のリーダーだったんですが、ネットをやると決めてからはスパッとWebの担当に移ったんです」

背水の陣で臨んだ講座だったが、そこではいくつもの気付きがあったという。

「当時、楽天市場に出店していた店舗の中でもワースト10には入るんじゃないかというくらい、我々の店舗ページは古くてクオリティが低かった。実際に講師の先生からは山ほど改善点を指摘されましたね。ただ、先生に『やはりページのデザインを洗練させないとダメですよね』と尋ねたところ、『ページが綺麗でも売れていないお店はたくさんありますが、ページが綺麗でなくても内容が素晴らしいために売れているお店は結構あります』と言うんです。それなら自分も良い内容をしっかり伝えられるページを作ろうと思い立ち、その日のうちに当社の店舗ページに色んなことを書き込んでみました。ビールに対する思い、商品の特徴や製造の背景──そういったことをひたすら書き綴って、メルマガも同じような内容で発行してみた。すると、驚くことにすぐに注文が増えていったんです。
 ただ、メルマガに関しては配信するたびに良い反応と同じくらい購読解除されてしまうことも多くて。そこで、楽天市場の優良店舗に贈られるショップ・オブ・ザ・イヤーの“店長賞”に何年か続けて選ばれていた、20代の女性店長のメルマガを試しに購読してみたんです。すると、驚くことに商品の話なんてほとんど書かれていなくて、大体がプライベートか社内のこぼれ話(笑)。全然、セールスしていないんですよ。では、なぜその女性店長のメルマガが好評かと言うと、店長の気さくで憎めないキャラクターそのものに人気が集まっているんですね。そのやり方に衝撃を受けて、私もより自分や会社の個性を出していく方向性にシフトしてみたところ、賛否両論はあったものの、初めてお客様から『井手さんの話が面白い』とか『会社の取り組みが楽しそう』とか、今までになかった好反応を得ることができたんです」

自分たちのカラーを全面に出す──そのスタンスは、次第にメルマガだけでなく店舗ページのデザインやキャッチコピー、ユニークな企画など様々な方面に広がっていった。一方で、ヤッホーブルーイングが改善していったのは「売り方」だけではなかった。

「ビールの品質にも課題がありました。品質基準には到達していても、コクや苦みなど細かな部分で味のバラつきがあったり、理想としていた味にはまだ到達できていなかった。そこで販売方法を模索する傍ら、製造部門は地道に試行錯誤して、より美味しいビールづくりに励んでいたんです。
 ちょうどネット販売がうまくいき始めた頃、当社のエールビールは理想の味に近づいていました。だから店舗ページやメルマガ、企画などを見て『ユニークなことをやっている人たちがいるな。試しに飲んでみるか』と一度、実際にビールを飲んでもらえさえすれば、『あれ、味もすごく美味しい』と驚いてもらえる自信があった。そうしていくうちに当社の商品の口コミが広がっていったんです。端的に言えば、営業と製造の両輪が綺麗に回った。どちらか片方だけだったら、うまくいっていなかったと思いますね」

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