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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

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組織の長が持つべき意識

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2001年にリーグ優勝を果たし、その後も安定した成績を残していたが、2004年に起こったプロ野球再編問題などもあり同年、大阪近鉄バファローズは55年の歴史に幕を降ろす。梨田氏もそれに伴い現場を離れたあと、2008年に北海道日本ハムファイターズの監督に就任。近鉄時と同じく2年目でリーグ優勝を果たすなどリーダーとしての才覚を発揮、“名将”の評価を得るに至っている。そんな梨田氏の思考の原点はいったい、どこにあるのだろうか。

「座右の銘は“初心忘るべからず”。僕は中学生のときに新聞配達をしていたんですが、お客さんは雨で新聞がちょっとでも濡れていたり少しでも配達が遅れたりすると、すぐに文句を言ってくるんですよ(笑)。怒られたら嫌だなと思いながら配達するなかで、ある家の奥さんから『頑張りなさいね』と言われたとき、すごく嬉しくてね。それから僕はその人のように、心の優しい人間であろうと思ったんです。コーチや監督といった指導する側の立場になっても、その初心だけは忘れないようにしようと思い続けたことが、いい結果に繋がったのではないでしょうか。
 つまりそのときの僕がそうだったように、人間は何気ない一言によって物事が好転したり、誰かにいい影響を与えられるもの。ただし何か自分からアクションを起こさないと物事は動き出しません。今置かれている状況を客観視したうえで前に進んでみようと思う気持ちも大切だと思いますね。
 その意味で今の時代、若者の離職率が上がっているそうですが、たとえ将来的に離職するにしても、まずは今いる環境で一つひとつの実績を積み重ねながら、本気で頑張ってみてほしいと思います。僕も野球を始めたとき、正直に言えば嫌だったキャッチャーをやらされることになった。でも慣れるまでちょっと我慢して、置かれた環境でがむしゃらに頑張ってみたことで、意外な面白みや奥深さが見えてきたんですよ。だから置かれた環境から無闇に逃げ出すのではなく、ときには自分にご褒美をあげながら、どこかにやりがいを見出して頑張ってほしいと思いますね。そうすることで将来、役立つことがきっと得られるはずです」

人材を活かし、組織をまとめながら成功に導いていくという意味で、プロ野球の監督と企業の社長は似ている。つまりプロ野球で好成績を収めた監督は、有能な経営者になれる可能性も秘めているとも言えよう。チームの成績をV字回復させた経験を持つ梨田氏が仮にビジネスマンだったとしたら、どのような立ち居振る舞いをするのだろう。

「情報が氾濫している昨今、経営者の方々は本当に大変だと思います。正しい情報を様々な角度から得なければ的確な経営判断はできないと思いますし、シビアな時代なだけに少しでも舵取りを間違えると会社はすぐに傾いてしまう・・・。これはビジネスの世界で通じるかは分かりませんが、経営判断という意味で監督時代は、“無駄な投資は絶対に避ける”という意識は持っていました。勝ちパターンのときにいい投手を注ぎ込んで、敗色濃厚ならばいい投手を温存する。勝てる試合に大きく投資して負け試合の投資が減れば、長いシーズンを戦ううえで確実に有利です。負けることを意識した試合はファンの方に『今日はすみません、許してください』と心のなかで手を合わせながら、目先だけを考えた闇雲な投手起用はできるだけ避けました。限られた戦力や原資をいかに効果的に使うかが大切になってくるという点で、きっと経営者の方々と共通する部分はあると思います。
 それと僕が監督として意識したのは、周囲からの意見が活発に上がってきやすい環境をつくることでした。例えばコーチ会議のとき、監督が厳しすぎたり発言力が強すぎたりするとコーチ陣は恐縮してしまい、率直な意見が議題に上ってきづらいんですね。そうなってしまってはいい組織は築けません。そもそも自分では考えもつかないアイデアや進言、ひらめきというのは、飲み会などのリラックスした場でこそ聞き出せるもの。だからこそ僕は会議のときも、皆が本音で話せるような柔らかい雰囲気をつくるように努めました。より良い組織にしていくためには、下の人間の意見をうまく吸い上げられるような仕組みづくりが大切だと思います」

プラス思考が組織にもたらすもの

2011年に監督業を退いてからは、プロ野球解説者として活動している梨田氏。近年では阪神タイガースの次期監督候補としてリストアップされたこともあるなど現場復帰も期待されるが、当の本人はどのように感じているのだろうか。

「まあ、僕には野球しかありませんから、プロ野球解説者をしている今はできるだけ球場に足を運び、捕手目線・監督目線で皆様に有益な情報をお伝えしたいと思っています。結果を先に言い当てられるような解説が理想ですね。それと、“プロ野球の監督”という職業は自分がなりたいと思ってできるものではありませんが、もしチャンスを頂けるならばまたチャレンジしたい気持ちはあります。もっと言えばアメリカのメジャーリーグの監督、やってみたいね(笑)。
 こうやって僕は常にプラスに物事を考えるようにクセ付けていて、わざとダジャレを言ったりもするんですよ。場の空気が和みますし(笑)。そういえば東日本大震災が起こった2011年3月、僕が北海道日本ハムファイターズの監督を務めていたときですが、プロ野球開幕のタイミングが2週間ほど遅れましたよね。みんなが不安を抱えるなかで僕自身も精神的に参っていたのでしょう、本拠地2連戦で開幕を迎えたもののチームは2連敗。そんななか毎年恒例だった北海道神宮に行っていなかったことを思い出し、直後にお参りをしに訪れたんです。そこで神主さんから『参拝ですか』と聞かれたとき、マイナス思考に陥っていた僕の口から咄嗟に飛び出したのは『3敗(参拝)じゃなくて2敗です』。
 それまでジョークを言う余裕もなかったのですが、神主さんに対して思わず口をついて出た自分の言葉で、ふとプラス思考に戻れたんですよ。その後、チームが上昇カーブを描いたということを考えても、やはりまとめる人間がプラスに考えてこそ組織は活性化するもの。自分や周囲が辛いときこそ機転を利かせたり明るく振る舞ったりすることで、組織は好転していくものだと思いますね」

梨田氏の明るさやプラス思考は、天性の性格というのもあるかもしれないが、それ以上に捕手として「投手を励ましたい」「安心感を与えたい」と思い続けた優しさに起因するところが大きい。つまりこのことから分かるのは「明るさ = 他者への配慮」だ。周囲を気遣うからこそ明るくいられることができ、そこから生まれるいい雰囲気は組織内に伝播していく─。
 心の温かさに裏打ちされた明るさは、やはりリーダーに欠かせない資質でもある。それに加えて捕手として養った非凡な観察眼があったからこそ、正反対のカラーを持った2つのチームを最高の結果に導くことができたのかもしれない。こうした梨田氏の姿勢は、スタッフを活かすことが業績に直結しがちな中小企業において、きっとよりよい組織づくりのヒントになるはずだ。

(取材 / 2014年4月)

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