巻頭企画 天馬空を行く

INAC神戸レオネッサ キャプテン 川澄 奈穂美


川澄 奈穂美 Kawasumi Nahomi
INAC神戸レオネッサ
キャプテン
1985年生まれ、神奈川県出身。小学2年からサッカーを始め、日本体育大学を経て2008年にINAC神戸レオネッサへと入団。初のキャプテンに就任した2011年にはチームをなでしこリーグ初優勝を含む2冠達成へと導き、自身もリーグMVP・得点王・ベストイレブンに輝く。チーム方針から翌年にはキャプテンから退くも、2013年には再びチームのキャプテンに就任。
また、サッカー女子日本代表(なでしこジャパン)には2008年から名を連ね、2011年のFIFA女子ワールドカップ優勝、2012年のロンドン五輪銀メダル獲得に大きく貢献した。

2011年、FIFA女子ワールドカップ。大会前の予想を覆して快進撃を続け、遂には優勝を果たしたサッカー女子日本代表(なでしこジャパン)の活躍に胸を熱くした人も多いことだろう。今回の巻頭企画「天馬 空を行く」では、同大会準決勝で2ゴールを挙げるなど優勝に大きく貢献した、INAC神戸レオネッサ 川澄奈穂美選手にご登場頂いた。ワールドカップの際は7人の選手を代表に送り込み、2011年・2012年シーズンと2年連続で無敗優勝を達成するなど日本女子サッカー界で確固たる地位を築いたチームをキャプテンとして牽引する川澄選手に、一選手としての姿勢から数多くのスター選手をまとめるチームマネジメントの秘訣、大きな結果を勝ち取るための心構えまでを伺った。

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キャプテン・川澄奈穂美と
アスリート・川澄奈穂美

2011年、13勝3分無敗。2012年、17勝1分無敗。2013年、9戦全勝(8月末現在)。なでしこリーグにおける、INAC神戸レオネッサの圧倒的戦績である。数多くのスター選手を擁し、いまやリーグ随一の強豪となったチームをキャプテンとしてまとめる川澄は、好調の要因をこう振り返る。

「チームとしては昨シーズンよりも得点が取れていますし、何より全勝という結果は評価すべきだと思います。そのような結果が出せているのはひとえに日々の積み重ねによるもので、それは選手個々人が向上心を持ってトレーニングに取り組んでいること、そして昨シーズンから引き続き所属している選手が多いので、自分たちのやりたいサッカーについての共通意識を持った上で、それを実現できていることが大きいでしょう。とは言え全ての試合に納得がいっているわけではなく、なかにはメンバーが怪我などで揃わず、自分たちの目指すサッカーが思うようにできない試合もありました。しかしそのような試合でも最終的に勝てているという点は非常に大切なことだと思います。
もちろん、チームとしてはまだまだやらなければいけないことはたくさんあります。若い選手が多く加入してきたこともあり、練習や試合内容の質は昨年と比べて物足りない部分も感じられます。しかし私は、INACというチームは結果だけが良ければいい、というチームではないと考えています。結果は当然として、観戦したお客さんに『またINACの試合を観たい』と思って頂けるような良い内容の試合ができるよう、日々のトレーニングで自分たちの質を高めていかなくてはいけません」

川澄がチームのキャプテンを務めるのは2011年以来2度目となる。そして、この2年間は日本女子サッカー界にとってまさに激動期であり、川澄自身もその中心に身を置いてきた。FIFA女子ワールドカップ、そしてロンドンオリンピックなど数々の大舞台を経験した川澄は、2年前と現在をどう比較しているのだろうか。

「2011年にキャプテンに就任した時は、自分よりもINACでのキャリアが長かったり、サッカーの経験値や技術が優れている選手が多く在籍していました。ですから自分はキャプテンと言っても肩書きくらいのもの。実際は頼れる諸先輩方が引っ張っていってくれていましたし、そもそもグループ全体が自ら率先して動くタイプの人たちばかりでしたので、特に自分がキャプテンとしてチームを引き締める必要性も感じませんでした。当時の自分はまだまだ経験も実力もなかったので、そのような先輩方の姿を見ながら学ばせて頂いていたという感じです。
しかし現在は私がINAC在籍年数最長となり、若い選手もたくさん増えました。その分、自分がやらなければいけないことも増えましたし、監督や副キャプテンと話をする機会も増えました。私がかつて先輩方から学ばせて頂いたリーダーシップなどの部分を、今度は自らが発揮していかなくてはいけないと思っています」

そんな川澄がサッカーを始めたのは、およそ20年前。日本にプロサッカーリーグ「Jリーグ」が発足した頃に遡る。また、時を前後して日本女子サッカーリーグ設立の機運が高まり、現在のなでしこリーグの前身となる「L・リーグ」が1994年に発足するなど、日本における女子サッカーの下地は徐々に整備されていくことになる。しかし、当時はまだトップレベル以下の女子サッカー環境は必ずしも整っていたとは言えなかった。

「サッカーを始めたのは小学校2年生の頃で、きっかけは当時サッカーをしていた姉の影響です。本当に自然に、誰に勧められたわけでもなくボールを蹴っていました。そして、その頃からサッカー選手になることを信じて疑わなかったですね。『なりたい』ではなく、『なる』。その気持ちを大切にしてきたからこそ、今までサッカー選手として生きて来られたのだと思います。
中学時代は地元にプレーできるチームがなかったのですが、その状況を見かねた小学生時代のチームの代表が、新たにチームを設立してくれました。私たちの年代が第一期生にあたり、当時のメンバーは12〜3人。試合をするだけのメンバーはいましたが、練習ともなれば人数不足が当たり前でした。また、中学進学時には強豪チームのセレクションに落ち、進学した高校では部活とクラブチームを掛け持ちする形でサッカーをしていました。部活ではキャプテンも経験しましたね。
厳しい経験もしましたが、性格からか常に前向きでいられたこと、そしてそんな頃に支えてくれた両親をはじめとする保護者の方々、そしてチーム関係者の方々の助力があって、今の私があります」

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巻頭にはプロ野球選手・井口資仁氏がご登場!現役引退直前に何を思うのか──氏の信念、そして今後に向けた思いまでを存分に伺いました。

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