巻頭企画 天馬空を行く

デジタル・地域・アジア
新生吉本の3本柱

仕事に対する姿勢が変わっていくなかで、次第に大﨑氏の仕事ぶりに注目が集まるようになる。大阪の放送局を飛び出して地方の放送局とのコネクションを見出したり、アジアへの展開の準備をはじめたり。現在、吉本はデジタル・地域・アジアという3つの機軸を打ち出しているが、すでにそのころから布石を打っていたのだろうか。

「布石と言えば布石かもしれませんが、今の時代を見据えてというものではありませんでしたよ(笑)。私は大学入学までに2浪していて人より出遅れていますし、出世も遅かった。もっと大阪でガツガツ仕事を獲っていれば話は違ったのかもしれませんけど、どうにも人と争うのが苦手でね。大阪の放送局に行ったら行ったで、同じ吉本興業の社員たちが自分の担当するタレントの売り込み合戦をやっている。社内でも、競争意識が激しくて、社員同士での裏切りというのもなくはなかった。それがどうしても嫌でね、人とバッティングしないところを探していたら、それが地方やアジアだったというだけなんですよ。もちろん今になって、そうした時代に培った知見は確かに役に立っていますけど、チャレンジャー精神と言われるのはどうにもこそばゆくてかないません(笑)」。

だが、実際に吉本興業のアジア進出は大﨑氏が社長になって加速度的に進行している。2008年には米国の最大手タレントエージェンシー・CAAと提携。タレント、スポーツ選手のマネジメント、コンテンツ制作などを共同体制で手がけ始めた。 他にも現地のタレントを起用して日本の吉本新喜劇をベースにした上海吉本新喜劇を展開するほか、エンターテインメントイベントの企画を数多く立ち上げた。また台湾のテレビ局・東風衛視と契約を結び、「吉本東風衛視」を開局。アジアを中心に北米、ヨーロッパと全世界で約1500万世帯をカバーする巨大衛星チャンネルに対し、吉本はプログラム編成やコンテンツ提供などを行っていくというスタンスだ。

「ただ、17年ほど前の当時から、アジアに注目していなかったわけではありません。注目していなければ、そもそも仕事を獲りに海を渡ったりはしませんからね。人口爆発のアジア、先進国を抜かんとする勢いのアジア。その熱のようなものに魅力を感じていたのは確かです。エンターテインメントは実業の仕事の余剰金で発生するものなので、アジアの経済力を考えると、進出が早いと思われる部分が昔はありました。今も、まだ多少は危惧されているところもあります。しかし、漠然と、アメリカの次の黒船になるのは中国であると感じていて、彼らが脅威になる前に何かしら動いていく必要はあると考えた。CAAと契約したのは、日本がアジアにおけるCAAになれればいいなと考えたからですね。そのためにも、今から失敗を重ねて力を蓄えておかないと10年後、20年後に本格進出を進めていく際に肥やしがなくなってしまうわけです。失敗を会社全体の血肉に変えておきたい、そう考えてアジア進出は私が社長になってから本格始動させました。デジタルで簡単に国境を越えられる技術の後押しもある。タイミングとしては、今がベストだと考えたんですよ」

3年で作り上げた
勝負するための体制

大﨑氏の語るように、確かにデジタル、インターネットインフラの世界的な技術革新によって、エンターテインメントコンテンツが配信されるプラットフォームに大きな変化が起きた。テレビをはじめとするマスメディア以外に、動画配信サービスやアプリケーションの隆盛によって、コンテンツを受動できる環境が大きく広がり、さらにモバイル端末の進化によって、もはやコンテンツはお茶の間で見るものではなく、自分の行動する範囲について回るものとなりつつある。そんな状況を受けて、吉本興業も芸人や番組が集結するような動画配信サービスに力を入れていくという。こうした変化のなかで、何よりも大事にしたいのが会社の体制であると大﨑氏は語る。

「今のデジタルコンテンツの進化は、今まで誰も経験したことがないものです。ここ数年、飛躍的に伸びてきているので、はっきり言って社長の私でも『必ずこうなる』とは断言できません。マーケティングをしても、そう簡単に分かるようなことではないですし、ネットゲームで儲けている会社はあると思いますけど、お笑いをデジタルコンテンツにして今までのメディアに代わって儲けているところがあるかというと、そうでもない。だからこそ、全社員、全タレント、全芸人で失敗を恐れずに挑戦する態勢ができてないと挑戦もしきれないわけですね。その意味で言えば、コンテンツ制作能力のアップとか、財務・総務組織の人事をどう強化するかとか、そういうことを含めて、本格的にデジタル・地域・アジアの3本柱を打ち出していくための準備が、私が就任して3年間で与えられてきた役割だったんですね。社長になった当初は、正直言って目標も何もなかったですよ。100年間も企業が続けば、それなりに膿もたまるわけです。それをどうきれいにするかだけだったんですよ、コンプライアンスを含めて。だからね、なんだかバタバタしているだけの3年間だった気がしますわ(笑)。とは言っても、吉本興業からギャラを払ったタレントは2000人近くもいますし、落語家で言えば桂三枝が六代目の文枝を継いで、桂一門の最高位になった。そういう国の宝のような人材も所属しているわけですから、社長がノープランというわけにはいきません。旧態依然の興行会社を非上場にし、外部環境の変化についていける視野を持ち、勝負するための体制作りを打ち上げ、その体制をふまえて、2013年の4月から本当の意味で吉本を変えようと考えました。そこからが本当のスタートなのかな、と」。

そのために必要なこと。それは、旧態依然とした組織を一新しながらも、吉本イズムをより全関係者に浸透させることだ。吉本の文化の中心はお笑いである。そのお笑いの姿勢において、より襟を正そうとする狙いも大﨑氏にはあった。

「昔も今も、興業というものは大衆あってのものなんです。大衆芸能は大衆に奉仕するものでなくてはならない。沖縄映画祭を始めて、改めて社員やタレントたちがそのことを振り返ってくれるようになりましたね。テレビ局のスタジオで視聴率がとれる番組を企画したり、人がやっていない笑いをどう作るか、そのものさしは確かに間違っていません。しかし純粋に笑顔というものを求めて、笑いの興業を考えることが、100年を経た老舗興行会社にとって重要なことではないのか、とね。笑いが全てを解決するとは言いません。ガスや水道、高速道路のような社会基盤にはなりえないかもしれませんが、人の心をつなげる心のインフラになる。そういう役立ち方もあるんじゃないか。それは新しいものと言えば新しいし、今の時代にも必要なことなんです」。

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