巻頭企画 天馬空を行く

株式会社 あさひ代表取締役社長 下田 進


下田 進
株式会社 あさひ
代表取締役社長
1948年大阪府生まれ。玩具店経営を経て、1982年、競技用自転車のプロショップを大阪府吹田市にオープン。1989年には初の大型店舗を大阪府寝屋川市にオープンさせ、全国各地に店舗展開を進める。現在、国内に200店舗以上を構え、2010年には中国・北京に初の海外店舗をオープンさせた。製造〜物流〜販売の一貫体制を整え、三重県伊賀市に9千坪、埼玉県久喜市に1万坪の敷地を持つ物流センターも稼働。収益力に優れたプライベートブランド商品の開発も手がけ、同商品の割合が半数以上を占める。同社は2009年より3年連続、フォーブス誌「アジアの優良企業200社」に選出されている。

東日本大震災を経て、地球環境にやさしく経済的で健康的な乗り物・自転車の存在があらためて脚光を浴びている。日本の輸出産業として自転車製造業や町の自転車店が活況を呈していた高度成長時代から、価格競争の激化で斜陽産業へと変化していった自転車市場を再び甦らせ、次世代の乗り物へと牽引する役目を担うリーディングカンパニーが、株式会社 あさひ(サイクルベース あさひ)と言えよう。今回は同社の代表取締役社長・下田 進氏にお話を伺った。150坪あまりの明るい店内には、一般車、スポーツ車、マウンテンバイク、ロードレーサーから、折りたたみ自転車、子ども用自転車、電動アシスト車まで、さまざまな層が乗る自転車がカラフルにディスプレイされている。「いらっしゃいませ!」の声と共にきびきびと働くスタッフ、新しい自転車を買いにきた親子連れ、タイヤに空気を入れるためピットコーナーに自転車を持ち込んでやってくる若者。自転車のメンテナンスサポート基地のような軽快な雰囲気に満ちている。30年以上前に、町の小さな自転車屋からスタートした「サイクルベース あさひ」は、今や全国に200店舗以上を構え、チェーン展開するまでに躍進した。成熟市場と言われる自転車業界で、なぜこれだけの成長を続けているのか。二酸化炭素の排出をしないため地球にやさしく、経済的で運動にもなる健康的な自転車を次世代の乗り物と捉えている、(株)あさひ 代表取締役社長・下田 進の経営哲学。

自転車とは
次世代の乗り物である

東日本大震災が起きた際の、首都圏の交通網のストップ、帰宅困難者の多出を機に、自転車の素晴らしさがより一層見直されている。加えて、環境にやさしく健康的な乗り物という認識が広まりつつある自転車は「かっこいい」「おしゃれ」というイメージにつながり、若い人を中心にそのムーブメントが盛り上がりを見せている。

「今、自転車という乗り物が再び脚光を浴びており、それを私は単なる一過性のブームとは捉えていません。自転車は次世代の乗り物なのです」

年商286億円、全国各地に200店舗以上を持ち、現在も500店舗体制を目指し積極的に出店を展開中の(株)あさひ(サイクルベース あさひ)。代表取締役社長の下田進は、1948年生まれの64歳だ。

「確かに私が長年自転車に携わってきたなかで、トライアスロンだったり、ロードレーサーだったり、マウンテンバイクだったりと、その時々でブームが起きたのを見てきました。しかし今の自転車をとりまく状況はけっして一過性の流行だとは思っておりません。もっと大きな視点、たとえば車社会から自転車社会へと移行する大きな流れ、その過渡期の最中だと考えております」。

団塊世代として生まれ、戦後の焼け野原から日本が復興し、高度成長時代を経てバブルが崩壊するという経済の成長過程を目の当たりにしてきた下田。将来の日本の自転車市場に関しては「成熟化へと向かう」と予言する。

「今の中国の生活スタイルが昭和40年代の日本と酷似しているのに対して、ヨーロッパやアメリカは日本より一歩先に進んで成熟していますよね。現在の日本ではまだ自転車が軽い扱いを受けているところがありますが、ヨーロッパは違う。ステータスとまではいかなくても、自転車の価値がきちんと認められていて、道路のなかでも市民権を得ています」

日本も今から10年後には成熟化を遂げ、今のヨーロッパのような都市交通体系に変わっているかもしれないと下田は言う。

「日本の現在の道路交通法は40年以上昔の自動車が少ない時代に作られたもの。それ以降、車社会において自転車が車道か歩道かと曖昧な認識の中、肩身の狭い思いをしてきました。しかし将来の自転車のありかたを考えると、法改正の見 直しも必要になってきます。そのことを含めて、われわれがこれからの状況に合わせて後押ししていかないといけないと思いますね」

たとえば道路には自転車専用車線が設けられたり、新しいビルを建てる場合は必ず駐輪場を作らなければいけない法律ができる可能性もある。自転車市場のみならず、社会のインフラが大きく変革する未来も見据えているところが、下田の視界の広さをあらわしている。

当然、海外にも目を向ける。2010年5月には中国北京に初の海外店舗をオープンさせた。中国進出というよりは、世界進出の第一歩だ。国内店舗数を拡大すると共に、「世界の人々のサイクルライフを豊かにする」という同社の経営理念を驀進中である。

挫折の経験があるからこそ今がある

下田は、同社本社のある大阪市都島区に、3人兄弟の三男として生まれる。終戦後、戦地から還ってきた父が始めたのは玩具工場。

「鉄もプラスチックもない時代に木製品を使った玩具工場を親父が作って、田舎から出てきた6〜7人の職人さんが住み込みで働いてました。僕も工場のなかで育ってきたので、親父が物を作っておふくろが百貨店に営業に行く姿をつぶさに見てきたんですね」

まさに商売人の家の子どもだった。2人の兄は大手企業のサラリーマンとなったのに対し、高校卒業後の下田は大阪・松屋町の玩具卸店で働きはじめた。22歳で結婚したことを機に、京阪沿線のとある駅前に16坪のスペースの玩具店を開業する。おりしも当時の昭和40年代は大手小売チェーンストアの大発展期にあたり、沿線の商圏を次から次へと席捲していった時代。商店街の小さな店はどんどん閉店に追い込まれ、下田の店も例外ではなかった。

「まるでゾウとアリみたいでした。全然お客さまが来ず、来る日も来る日もお客さまを悶々と待つつらさ。この辛酸をなめた3年間の経験が私の原点です。あの時代になまじうまくいっていたら、その後の人生をなめてしまって大失敗したかもしれません」

挫折の経験がその後の仕事観に大きく活かされたと下田は言う。玩具店をたたんで次に下田が考えたのが、一般車を扱う自転車店を開業することだった。

「自転車のプロショップ経営」
その過程で得た問題意識

そして1982年、34歳のときに、大阪府吹田市の千里ニュータウンにプロショップをオープンさせた。毎朝開店前にさまざまな自転車に乗り、近所の寺まで往復する日々だった。自転車について知識を得るためだ。

「自転車が好きだからですかとか、競技していたんですかなどと訊かれますが、違います。プロショップを経営していかないといけないから。勉強のため、自ら乗らざるを得なかった。玩具店から自転車店にシフトしていったのも、自分にできることは何かと真剣に考えたときに、藁をもつかむ思いでこれしかできないと思ったのです。技術的な面においても自動車は無理だけど、自転車なら自分で勉強したら何とかなるのではないかと考えた。あとは玩具屋の接客で学んだ笑顔と親切とサービスで、やっていけるんではないかと。若いから必死でした。もちろん努力しました」

競技用やコアなユーザーが乗る自転車やパーツの販売を中心に、タイヤの空気入れから修理などのメンテナンスまで、安心安全をモットーに、ビフォー、アフターサービスにも力を注いできた結果、固定客が増え遠方からも顧客が来るようになった。下田の経営するプロショップは繁盛し、順風だったが、開業して20年が経過したとき、下田は1つの決意を胸に秘めていた。

「この頃はプロショップで成功してましたから、このままで一生を終えてもよかったんですけど、自分のなかで大きな問題意識を抱えていました」 当時、一般の自転車ユーザーが購入するのは、セルフサービスで販売される大手スーパーがほとんどだった。自転車はセルフサービスの店で安く購入して、パンク修理などのメンテナンスは町の小さな自転車店に依頼するというように使い分けられていた。当然、小さな自転車屋は自転車が売れなくなり、廃業を余儀なくされる。加えて自転車の価格競争も激しくなり、1台1万円を割る安価な商品が氾濫するようになった。かつて終戦直後の時代には初任給のほとんどを占めるぐらい高価な乗り物だった自転車の価値がどんどん下落していった。

「実は自転車は日本の輸出産業でもあり、大阪・堺の地場産業でもあったのです。ところが安さを追求する時代背景のもと、数多くの製造会社や部品会社が倒産してしまった。メーカーさんが次々につぶれていき、日本で自転車が作れない状況になっていました」

プロショップを軌道に乗せ、残された仕事人生をどう過ごそうかと考えていた下田は、自転車をめぐる現状を憂いた。

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