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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

「55年陸上やってりゃ、金メダルの1つくらい取れるよ」

対談の中で小出がさらりと語ったこの言葉にも驚いた。一生涯を懸けたとしても、金メダルに手が届く人間は極々一握りに過ぎない。しかし、続けて小出が紡いだのは、語り口こそ軽妙ではあるが、まさに真剣そのもの、文字通り「人生を懸けた」エピソードであった。そこには小出が金メダル獲得のために費やした、凄まじいまでの情熱や執念が詰まっている。

──僕は酒を飲もうが何しようが、駅伝やマラソンを忘れたことはないよ。寝ててもマラソンのことを考えてて、マラソンの夢見て寝言を言って、女房に怒られたこともあるよ(笑)。高橋と出会ってから、マラソンで高橋に金メダルを取らせるためにどうすればいいか、ずっと考えてた。みんな無理だって言ってたけど、無理だって思っちゃったら無理なんだ。要は考え方なんだよね。当時、マラソンの日本記録は世界記録と10分の差があった。単純に考えれば、40kmで10分だから4kmで1分、1kmで15秒。だから高橋には「1kmを15秒早く走れるようになろう。そのためのトレーニングはこれだよ」って、厳しいメニューをつくってやらせた。そしたら、オリンピックで優勝して、世界記録をつくれたんだ。
結果を出すために何ができるかって考えはじめたら、考えること、できることはいくらでもある。僕らはアメリカでキャンプを張るんだけど、ある時環境が良くなくて睡眠が取れず、高橋が故障したことがあった。だから僕はアメリカに家を買ったんだ。マラソンにはきちんとした睡眠が大事だからね。靴はオリンピック前に40足以上用意して、その中で一番足に合うものを持って行った。靴が足に合わないと、ストライドが数mm短くなっちゃう。マラソンは何万歩も走るわけで、そうするとたかが数mmが何mにも、何十mにもなる。そこまで計算しないと、身体能力で劣る日本人は世界で勝つことはできないんだ。食事だってそう。外国の大会では食事がきちんと出てくるかわからない。たとえ事前視察で問題がなかったとしても、念には念を入れて予備のプランを持っておく。それが功を奏したこともあったよ。
僕の場合はマラソンだけど、仕事に置き換えてみても一緒だと思うよ。目標があるなら、そこに辿り着くためにどうしたらいいかということを、深く深く考えていかないといけない。考えれば、アイデアは出てくるものだからね。そしてアイデアが出たら、人よりも頑張る。生半可なことじゃ難しいよ。出世をしたいなら、必死で利益を上げるサービスややり方を考えて、必死で働く。社長になりたいなら、どうすれば社長になれるかを考えて、動く。会社の経営だってそう。「今は不況だ、だからしょうがない」なんて思ってちゃそこで終わり。状況は改善できないよね。悪ければ、悪いなりにできることはあるはずなんだ。時間の使い方やコストを見直したり、営業の仕方を効率的にしたり、できることなんて考えればいくらでもあると思うよ。まずは、目的を果たすために考えに考え抜くこと。シンプルだけど、基本はそこだよね。

▲ 君ならできる(幻冬舎)

小出はシドニー五輪前、高橋尚子に差し歯を治しに行かせたそうだ。高橋がシドニーで勝つ。競技場で高橋に降り注ぐ万雷の拍手に両手を挙げて笑顔で応える。その時、いい笑顔であれば、テレビコマーシャルも獲得でき、結果としてお金が残る─。いざ笑顔を見せたとき、差し歯の色が違っていてはみっともないじゃないか。小出は、高橋がシドニーで勝つための作戦はおろか、勝った後のことまでを真剣に考えていたのだ。金メダルを獲るために考えに考え抜き、努力した2人だからこそ、シドニーでの勝利を確信できていたのだと言えよう。成功に対するイメージを極限にまで高めることの大切さが感じられる。
ちなみに、小出がアメリカで家を購入する際につくった借金は、シドニー五輪前に出版した書籍「君ならできる」の印税で支払ったという。本書には、「高橋尚子はシドニー五輪で、2位に50mの差をつけて優々とゴールする」との小出の読みが書かれている。果たして、結果は2位に50mの差をつけた高橋の優勝であった。

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