巻頭企画 天馬空を行く

佐倉アスリート倶楽部 株式会社


佐倉アスリート倶楽部 株式会社
SAKURA ATHLETE CLUB CO., LTD.
代表取締役社長
1939年生まれ。順天堂大学で箱根駅伝を3度走るなどの実績を残し、大学卒業後は指導者の道へ。数多くの高校、実業団を指導し、バルセロナ・アトランタ両五輪でメダルを獲得した有森裕子など、数多くの有力選手を育てる。そして2000年のシドニー五輪では教え子の高橋尚子を日本女子陸上界初の金メダルに導いた。現在は2001年に設立した佐倉アスリート倶楽部(株)での指導に専念、自身2つ目の金メダルを虎視眈々と狙っている。

2000年のシドニー五輪で日本女子陸上界史上初の金メダルをもたらした、マラソンランナー・高橋尚子選手。その傍らで彼女を監督として指導し、支えたのが小出義雄氏である。数多の名ランナーを育て、現在ではトップレベルのランナー育成に加えて一般層やジュニア世代への経験やノウハウの還元など、陸上の裾野を広げる活動を精力的に行っている。
ビジネス情報誌「COMPANYTANK」では、今なお陸上に激しい情熱を燃やす育成のスペシャリストからその極意を掴み、そして新たな一歩を踏み出そうとする挑戦者たちに先駆者の言葉を届けるため、小出氏にお話を伺った。

企画・インタビュー:藤原 俊彦 文・編集・誌面構成:東川 亮 写真:佐治 純一

「僕は『選手を育てた』なんてちっとも思っちゃいないよ」

本対談の冒頭、「世界一を育てた指導者として…」との我々の言葉を遮って小出が言った言葉だ。小出義雄、御年72歳。有森裕子をバルセロナ五輪で銀メダル、アトランタ五輪で銅メダルに導き、そしてシドニーでは高橋尚子を日本女子陸上界史上初の金メダルに導いた、名実ともに世界最高峰の陸上指導者である。そんな名伯楽・小出義雄から、教え子を世界一にまで育て上げた秘訣を聞き出そうとしていた矢先のこの発言には、いささか面食らってしまった。ただ、こうあっけらかんと話せてしまう雰囲気が、小出の指導者として、いや、人間としての最大の魅力なのであろう。小出はこう続けた。「僕は選手に遊ばせてもらってるだけ(笑)。でも、夢はあるよ。自分で言うのもおかしいけど、いろいろと面白い人生を歩んできたんだ」。

──僕はもともと農家の長男で、高校卒業して農家やってたんだよ。でも、僕は箱根駅伝を走るのが夢だった。箱根を走るためにはこのままじゃだめだってんで家を飛び出して、2年半後に順天堂大学に入学して、箱根駅伝を3回走った。
大学を卒業して教員になって、赴任した中学や高校を「絶対に駅伝で勝たせるんだ」って指導して、どの学校でも優勝させてきた。国内で優勝できたなら次は世界、すなわちオリンピックだよね。選手に金メダルを取らせたい、その夢を持って教員を辞めて実業団チームを指導してチャンスを伺っていた。そして、有森や高橋と出会った。神様が出会わせてくれたのかもしれないね。
僕は、人間は強い夢、志を持っていれば、必ずそこへ近づいていけると思っている。でも、ちょっとやって「これじゃだめだ」なんて思ってすぐに辞めてたら、何をやっても成功しないと思うよ。自分で「こう」と決めたら、毎日毎日一生懸命、全力で考え、取り組むことが大事なんだ。普通のことをしてたら普通になっちゃうからね。人より抜きんでるためには、それだけのことをしないといけない。そして、そういった努力を続けていれば必ずチャンスが訪れるし、その時にパッと掴めばいいんだ。

人間は誰でも運を持っているという。しかし、大半の人はその運がめぐって来た時に掴めない。成功するためには運を逃がさないこと、そして、そのために日々努力し、準備を怠らないことが大事だと、小出は語る。

「結果出させてやれなくてごめんな」

小出は、指導している選手が大会で結果を出せなかったとき、決して選手を叱責したりはせず、むしろ指導する自らの非を選手に詫びるという。「褒めて育てる」という小出の指導方針は有名だが、これは物事を全てポジティブに捉える小出の考え方とともに、選手の能力を100%引き出す小出流の人心掌握術でもある。

──僕には陸上の素質があるわけではなかった。でも、中学の時の恩師がこういってくれたんだ。「小出、お前毎日練習してて偉いな」「小出、頑張って駅伝で優勝しろよ。一番になれよ」って。その言葉で、すごくやる気が出たんだ。子どもにとって、大人の言葉はすごく影響が大きいと思うし、これは上司と部下、社長と社員でもそうだと思う。「お前、最近仕事できるようになったな」って褒められたら、嬉しくてやる気出るでしょ?それと一緒だよね。だから僕の場合は基本的にあまり怒らない。怒って萎縮させちゃうより、選手自らが「よし、やるぞ!」って、やる気が出るような言い方をしてあげたほうがいいと思ってるよ。もちろん、僕も選手を全く叱らないわけじゃないし、言わなきゃいけないことははっきり言う。でも、その時にはきちんと根拠を示す。「これができたら記録が伸びるんだ、大会で勝てるんだ」という風にね。指導する側はただやらせるだけじゃなく「こうしたら、こうなる」ということをはっきり伝えてあげることが重要。そうすることで、教わる側も明確な目標ができるわけだからね。
人に何かを伝えるとき、言葉っていうのはすごく大事なんだ。内容としては同じことを言ってても、言い方1つで相手の受け取り方が変わっちゃう。だから僕も言葉には常に気を遣う。言いたいことをただ言うだけじゃなくて、この選手を強くするためにはどうしたらいいか?って考えて、そこから言葉を発するようにしてるよ。

言葉1つで、人の気持ちは大きく変わる。それは小出自身が成長していく中で体験したことでもある。中には失敗した選手を叱責するような指導者もいるが、小出はこう切り捨てる。「選手が失敗するのは、指導者の教え方が悪いからなんだ」。

1 2 3 4

好評発売中 創刊より7年半、隔月刊誌として奇数月に発刊してきたカンパニーバンクは2013年1月より月刊化しました
amazonからのご注文
2017年9月号
companytalk

巻頭企画には株式会社ワンダーテーブルの秋元社長が登場。飲食業界で数々の改革を行う経営哲学について伺いました。

定期購読のご案内

interviewer's eye

カンパニータンクのインタビュアとして活躍されている各界の著名人たち。本業における信念やその軌跡、そして経営者へのインタビューを通じて感じたことについて、本誌編集局が逆インタビュー。

宮地 真緒 川﨑麻世 水野 裕子 鶴久 政治 駒田 徳広 矢部 みほ 杉田 かおる 時東ぁみ 畑山隆則 大門正明