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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

存在対効果
命の意味を見つめる

最後のキーワードは「存在対効果」。これは、渡邉氏が自身の人生哲学から生み出したオリジナルワードだ。

「語義は非常に簡単です。誰でもそうですが、命が存在するのは、自分以外の何かから命を“授かった”から。自分の力だけで生まれてきたわけではありません。そして命が生き続けるためには、日々食糧を消費し、資源を使い、両親だけでなく多くの人の助けが必要です。人には、生きているというただそれだけで、責任が生じているのです。その責任をどう果たすか。私は、“自分以外の他者の幸せに関わること”こそが、その答えだと思っています」

自らの存在が、他者の幸せにどれほど関わっているか。それを渡邉氏は「効果」と表現する。効果を高めることは、自分自身の人間性を磨き、高めることそのものとなる。

ワタミ株式会社 代表取締役会長・CEO 渡邉 美樹氏 「存在対効果がどのくらいかを決めるのは、どれだけ人の幸せに関わることができたかです。決して、手にした財産や地位ではありません。どれだけ多くの人の笑顔を生み出したか、どれだけ多くの人の人間性向上に資することができたかという視点なんです。いくら大金持ちになっても、南の島で一人で悠々自適な暮らしをしていたら、その存在対効果は低いんです。私は常に、自分の存在対効果を、その時点で一番高い位置に置いておきたいと思っています」

ただ、存在対効果を考える上で、見落としてはならない視点がある。それは、目に見える生産性では測れない部分だ。

「世の中に対してどれだけ大きな影響力を与えたか、どれだけ多くの人を幸せにできたかという面は、経営という視点から見れば数値化できる部分でもあります。しかしもう一つ、量的な優位性では決して測ることのできない存在対効果がある。それは、自らによってしか判断を下されない、内面の成長の問題です」

人によって、持って生まれた素質や生きる環境は違う。おのずと、求められる役割は千差万別となる。より多くの人を相手にするのではなく、たった一人のために生きることを、生を賭して求められるという人もいるだろう。

「大事なのは、量じゃない。自分自身が、生まれてきたときよりもどれだけ成長したかなんです。日々を過ごす中で、自分がどれだけ優しくなれているか、正直になれているか、誠実になれているかが大切なんですよ」

グループ連結で総勢4000名以上の従業員を抱え、1112億円の売上(2008年度決算)を出す企業をつくりあげた渡邉氏にとっても、「自らの成長」は変わることのない目標だ。

「人間としての成長を続けることこそが、生まれてきた目的。だからこそ私は、チャレンジを続けています。夢に向かってチャレンジし続けることでしか、人は成長しない。私はそう信じています」

2009年6月20日、渡邉氏はワタミ(株)の代表取締役社長を退任し、会長に就任した。その決断も、自らの成長─存在対効果の向上を考えてのことだ。

「現在、会社として掲げている目標は1兆円グループになること。不遜なようですが、私が陣頭指揮を執っていればこれは遠からず、必ず達成できる目標です。これまで培ってきたノウハウが、おのずと道を拓いてくれるでしょうから」。そう語る渡邉氏は、「しかし」と言葉を続ける。

「しかし、それが私という人間の存在対効果を一番高められる活動だろうか?答えは否です。1兆円グループという目標は、今では私に高揚感を与えない。わくわくしないんです。今私が本当にすべきこと、そして私自身が一番わくわくすることは何か。それを考え、1兆円グループの目標は社員に預け、私自身は会社の枠を離れて活動することを決めたのです」

2009年の10月5日、渡邉氏は50歳になった。約四半世紀を経営者として生きてきた氏が、経営の第一線を離れ、自らの存在対効果を高めるために目指す場所。それは、「事業の外側」にいる人の幸せにかかわっていくことだ。

「これまでの25年間は、自分のお客さまを幸せにすることに集中してきました。事業の中でいくつもの『ありがとう』を集めることが、私の原動力だった。でもこれからの25年は、事業の枠外に手を伸ばしていきたい」

「対象は?」との問いに、氏は答える。「今燃えているのは、カンボジアで農業事業を立ち上げ、子どもたちの働く場所をつくることです」

実際、渡邉氏は2000年10月にNPO法人「School Aid Japan(スクール・エイド・ジャパン)」を設立(2009年10月より公益財団法人として活動)し、カンボジアを中心として発展途上国の子どもたちに向けた教育支援活動を行っている。今後25年の渡邉氏の目標は、活動の根幹を掘り下げ、波及効果を広げていくことだ。

より良い世界をつくる─未来を見つめた渡邉氏の新しい夢は、もう始まっている。これまでに経営者として積み重ねてきた成功と実績は、「どう生きるのか」という問いに、自ら答えを出し続けてきた一つの結果だ。その問いへの答えを、これからはより広大な世界で追い続ける。自らの命の限界も超えるであろう、日付のない夢。ただ尽きることのない自らの情熱を持って、渡邉氏は新しい一歩を踏み出している。

(取材/2009年8月7日)

『渡邉美樹の超常思考 勝つまで戦う』
『渡邉美樹の超常思考
勝つまで戦う』
2009年7月出版 (講談社)
強く、生きる。
『強く、生きる。』
2008年6月出版
(サンマーク出版)

数々の著書を上梓している渡邉氏。一冊一冊渾身の力を込めて書くという出版物の販売収益と著者印税は、発展途上国における教育支援に使う。上記写真の他に、『「戦う組織」の作り方 リーダーの覚悟が、人と会社をここまで強くする!』(PHP 研究所)、『「夢」を仕事に! ? 12 人の夢達人が伝えたい大切なこと?』(あさ出版)など多数。2009年12月に、「人はみんな心の中に“夢のスイッチ”を持っている」というメッセージを込めた『夢のスイッチ あなたの夢の見つけ方』(あさ出版)を上梓。

ワタミ株式会社

本社所在地 〒144-0043東京都大田区羽田1丁目1番3号
従業員 4029名(グループ計/2009年4月1日現在)
創業 1984年4月 有限会社渡邉美商事として創業
設立 1986年5月 株式会社ワタミ設立
(1987年2月、商号をワタミフードサービス株式会社に変更)
事業内容 外食事業 、介護事業 、高齢者向け宅配事業 、農業事業 、環境/メンテナンス事業

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