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俳優 名高達男
1976年の役者デビュー以来、主にテレビドラマや映画で熱演を披露してきた俳優・名高達男氏。現在も業界の第一線で活躍し、その貫禄ある演技が根強い支持を受け続けている名高氏は、カンパニータンク誌面において数々の経営者と対談、うちに秘めた想いを引き出すインタビュアとして精力的な取り組みを見せている。「Interviewer's Eye」第3回では、そんな名高達男氏の発する生の声をお届けする。

インタビュー・文・編集:カンパニータンク編集局

芸能界に入って40年以上、業界の第一線で活躍されている名高氏。そんな氏が業界に入るきっかけは、偶然の出会いによるものだったという。

名高 僕の実家は京都で鉄工所を営んでいて、親父は僕をエンジニアにしようとしていたんだ。兄貴と2人兄弟だから、兄貴が経営、僕が技術、という思惑があったみたいだね。それで高校を卒業し、高専を経て金沢工業大学に進学。卒業後は全国の鉄工所を回って5年ほど武者修業、それから実家の鉄工所に入るという予定になっていた。

―では、その時には芸能界入りの願望はなかったということですね。どんなきっかけがあったのでしょうか。

名高 大学ももう卒業するだけという時期になって、一度京都に戻ろうとして金沢駅に行った。そこで、たまたまその日に金沢でサイン会をしていた男性モデルさんから声をかけられたんだ。「君、モデル?よかったら東京でモデルやらないか?すぐに稼げるようになるよ」って。最初は相手にしていなかったんだけど、どうもその人は相当売れっ子らしい。そして、モデルで得られるという収入が当時の大卒初任給の何倍もあるということで、少し気になった。その時は名刺をもらって別れて、実際にその人が出ているという雑誌を見てみたら、本当に、いたる所にその人が出ているじゃないか。それで、モデルという仕事に興味が湧いてきたんだ。そんな好奇心から、東京に行くことを決意した。どうせ人生いろいろあるだろうし、いいかなって。

―ご家族の反対などはなかったのですか?

名高 「お前が言うならいいんじゃないか。どうせ言っても聞かない男だろ?」という感じで、諸手を挙げて賛成というわけではないにしろ、特に反対もされなかったね。どちらにしても余所の釜の飯を食いに行くつもりではあったわけだし、まあ畑違いではあるんだけど(笑)。東京ではそのモデルさんの事務所に、住むところをはじめ何から何まで世話してもらった。レッスン料なんかも全部無料で、実際にものの数ヶ月である程度稼げるようにはなったんだ。言ったとおりだったね(笑)。

名高氏はモデルとして芸能界入りを果たし、CMやファッションショーなどで活躍の場を広げていく。俳優への転機は何だったのだろうか。

名高 正直な所、モデルの仕事を一生やるつもりは無かったんだ。2〜3年経って「そろそろ京都に帰ろう」と思っていた頃に、モデルクラブで一緒だった方から役者へのスカウトを受けたんだ。これには悩んだ。興味はあるんだけど、ここで役者の道に入ったら人生が180度変わる。1週間ほど、飯も喉を通らないくらい考えた。

―決断の決め手は何だったのですか?

名高 悔いを残したくなかった。例えば役者をやらないまま年をとり、テレビを見ていて「この役者より俺の方がいいな」と思うようなことがあったら、それは一生拭えない後悔になりそうな気がしたんだ。本当にそれくらいしか、判断のしようがなかった。それと、「役者を目指す」という決断をしたとき、僕は鉄工所には二度と戻らないと決めた。二足のわらじが通用するほど甘い世界じゃない、そういう意識はあったからね。さすがにこのときは親父もショックだったみたいだけど、最終的には了承してくれたよ。
役者になってからは挫折もあったけど、わりと順調にステップアップしていくことができたと思う。「さかなちゃん」というドラマで、前号にも登場された五十嵐めぐみさんの相手役をさせて頂いたりね。

―モデルと役者では、求められるものが違うと思います。その違いを聞かせて頂けますか。

名高 モデルの場合はとにかく仕草や雰囲気を求められるね。瞬間瞬間を切り取っていくから、そこで一番かっこいいと思える表情やポーズを作っていく。でも役者の場合はそれだと通用しないんだ。表面上の形を削られて、素の人間を演じることを要求されるんだ。そこに余計なポーズなんか不要。全く逆なんだよね。でも、そこが面白かった。
僕はモデル時代に演技の勉強をしていたわけではなくて、言わばいきなり現場に放り込まれたようなものだった。そこでお金をもらいながら、プロとしての仕事を求められる。お金をもらう以上、甘えは許されない。周りがプロばかりの場所で、リアリティを感じながら勉強させてもらった。そこで一気にたたき上げられていった、というところもあったんじゃないかな。

―試行錯誤の連続だったんでしょうね。

名高 それもあるし、後は自分のなかで頭では理解していても、それを演技で表現できない。そのジレンマとの戦いだった。役者って、台詞や演技を覚えるだけじゃなく、そこに秘められた心の機微、人間としての深みを出していかないといけない。その意味では、自分の人間形成においても大きく役立っているとは思う。思うようにできない悔しさ、もどかしさ・・・それが「俳優・名高達男」の原動力だったと思うよ。

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