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タレント 石黒 彩
テレビのバラエティー番組のオーディション企画から生まれ、国民的アイドルとして社会現象にもなった「モーニング娘。」。その第1期メンバーとして活躍した石黒彩さんは、グループを卒業後、一度は芸能活動を休止したものの、結婚や育児などを経て“ママさんタレント”の先駆けとして芸能界に復帰し、現在も活躍を続けている。そんな石黒さんに、デビューから現在に至るまでの軌跡と、育児や仕事への思いをインタビューした。

インタビュー・文・編集:カンパニータンク編集部

 
デビューのきっかけは「ASAYAN」

──石黒さんは、芸能界にはもともとご興味があったのでしょうか?

 小学生の頃から好きな芸能人のまねをしていたので、何となく“歌って踊る”仕事がしたいなとは考えていたんです。そして、高校生の頃にはバンドを組んでライブに出て楽しんでいて、自然と「もっと歌う仕事がしたい」と思うようになりました。でも、私は北海道に住んでいたので、オーディションは東京などの大都市でしか開催されていませんでしたし、高校時代は両親が遠出を許可してくれなかったんです。
 
 ちょうどその当時、テレビのバラエティー番組の「ASAYAN」で地方オーディションを開催していて。私にとっては数少ないチャンスだと思い、小室哲哉さんの「コムロギャルソン」というオーディション企画に応募しました。だけど、それは落ちてしまって。次は、大学生の時にシャ乱Qさんの“女性ロックボーカリストオーディション”に応募したんです。そこでも最終候補まで選ばれたのですが、結局は落選してしまい・・・。でも、そのとき一緒に最終候補に選ばれたメンバーで「モーニング娘。」が結成されたので、結果としては良かったですね。

──「モーニング娘。」の結成後、デビューするためには5万枚のCDを売らなければならない、といった内容の企画がありましたよね。その当時の心境はいかがでしたか?

 当時はCDがとても売れていた時代で、ミリオンヒットもたくさん出ていたので、内心「5万枚なら大したことない」って思っていたんです。でも、大きなトラックで大量のCDが運ばれてきたのを見た瞬間に「あ、無理」と思って、みんなで落胆しましたね。それでも諦めずにひたすら頑張ったら、結果的にCDが足りないくらいお客さんが来てくれて──その時は本当に嬉しかったです。私を含めた最初のメンバーの5人って、本当はみんなソロでデビューしたいと思っていたから、初めはやっぱりバラバラの考え方だったんですよ。それが、みんなで協力して同じ目標を達成して、初めて1つのグループになったという実感がありました。
 
「モーニング娘。」から新たな挑戦へ

──「モーニング娘。」時代の活動の中で一番大変だったことと、それをどのように乗り越えてこられたのかを教えてください。

 実はあまりつらかった記憶はないんですよね。例えば芸能界では規制や規則がたくさんあります。でも、私はその決められたルールの中で目いっぱい楽しむことが好きなんです。撮影中もただ写真を撮られるだけでなく、カメラマンさんとコミュニケーションを取って仲良くなるとか、そんなふうに常に工夫して仕事を楽しんでいました。

──そうして充実した日々を過ごされる中、『LOVEマシーン』のリリース後というまさに最盛期を迎えたタイミングでグループ卒業の決断に至ったのは、ご自身の心境に何か変化があったからなのでしょうか?

 その頃は、みんなで「モーニング娘。」という存在を確立できたという思いがあって。新しいメンバーも入ってきて、「最強のチームだな」って思えたんです。その時、自分の成長のためにも「次のステップに進んでも良いかな」と考えました。短い期間ながら、私としては思いっきり歌って楽しんで、やり切ったという感じでしたからね。

──グループを卒業後、芸能活動を休止。それから結婚・出産・育児を経て、“ママさんタレント”として復帰されました。そこに至るまでの経緯と思いを教えてください。

 活動休止後はいろいろなことを経験しましたね。子育てをするに当たって、育児本もたくさん読みました。でも、どの本も真面目なことしか書いてなくて(笑)。例えば子どもが泣いたとき、実際にはうるさいと思うことはあるじゃないですか。だけど、本には「母性で温かく包み込む」みたいに書かれている。疲れていて憂鬱になるときだってありますし、現実はそんなに簡単にいかないですよね。そこで同じママさんたちに「そんなに頑張らなくても良いんじゃない?」ってブログを通じて発信しようと思ったんです。実は、私は妊娠中、毎日フライドポテトのLサイズを3つくらい食べていた時があるんですよ(笑)。そんな日常をブログに書いたら、見てくれたママさんたちが「あるある!なんで妊娠中って油ものが食べたくなるんだろうね」って、共感してくれて。やっぱり、「元モーニング娘。」として情報を発信できる立場にいられたのが良かったと思います。それから育児関係のお仕事をきっかけに芸能界に復帰しました。
 
育児に悩む母親たちの共感を得ていく

──多くのお母さんが子育てに不安を抱いていて、共感できる人を求めていたわけですね。

 私が復帰した頃はまだ“ママタレ”という言葉がない時代でしたし、今ほど育児の情報や、育児に対する認識が共有されていなくて、みんな何が正しいのか分からなかったんだと思います。私も子どもがいることで仕事を断られたり、つらい経験はたくさんあって、それも当時は仕方のないことだと思っていました。でも、やっぱり世の中のママさんたちが無理をして子育てに疲れ切ってしまうより、「本当に疲れたときは、少しでも良いからベビーシッターさんに預けて思いっきり寝たら、リフレッシュできて子どもがもっとかわいく見えるよ」って、そんなふうに言えるほうが素敵だと思ったんです。

──その後は育休制度を実施する会社が増え始めるなど、働くお母さんに対する目線が少しずつ変わっていったように思います。

 そうですね。私が復帰した当初と比べると、今は驚くほど変わりました。3人目の子が生まれた時に、友だちの女優さんも現場に子どもを連れて来ていたので、一緒に授乳したんですよ。そこで「子連れで職場に来ても大丈夫なんだ」って、 初めてホッとしましたね。元「モーニング娘。」で同期の(中澤)裕子ちゃんも、仕事で子どもを連れて行った時に、スタッフさんが「お子さんと一緒でしたら控室は和室にしましょうか?」って聞いてくれたそうなんです。そんな対応が今では当たり前の環境になってきていて、すごく良かったと思いますね。

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