インタビュー

建築

喜友名工業

34歳。大工として働く父の背を見て育ち、自らも17歳でとび職人に。入社した会社ではわずか3年で職長に抜擢されるなど頭角を現し、24歳の若さで独立。仕事の仕上がりを見せて顧客の信頼を勝ち取る実直なスタイルで着実に業容を拡大し、現在はとび工事に加えてリフォーム工事や解体工事への進出も視野に入れている。

喜友名工業
住所 〒340-0044
埼玉県草加市花栗3-27-7-202
URL https://www.kyuunakougyou.com/

埼玉県を拠点に質の高いとび工事を手がけている喜友名工業。代表の喜友名氏は10代でとびの職人となり、自らの腕一本で顧客の信頼を勝ち取りながら、確固たる立場を築いてきた。同氏の仕事における哲学や若手育成への思いについて、タレントの嶋大輔さんが迫った。


高所作業に憧れ「とび」の道へ

 喜友名代表は、10代から職人の道を一筋に歩んで来られたそうですね。まずは、建設業界へ入られたきっかけからお聞かせいただけますか?

喜友名 もともと、私の父が大工をしていて、幼少期から作業着で働く父の姿を見て「かっこいいな」と思っていたんです。現場へもよく遊びに行き、高い所から飛び降りたり、かくれんぼをしたり―中学生になると長期休暇中に仕事も手伝い始め、漠然と職人になりたいと考えるようになりました。ただ、同時に「大工の仕事は自分が思い描いているものとは少し違うな」とも感じ始めて・・・。

 そんな喜友名代表の目に留まったのが「とび」だったわけですね。

喜友名 ええ。あらためて現場をよく見ると、とびの職人が誰よりも高いところで仕事をしていることに気が付きました。それで、父に「あの仕事をしたい」と相談すると「とび職ならお前にぴったりだ」と背中を押してくれたんです。普通なら自分の跡を継いでほしいと言われてもおかしくない状況だったので、父には感謝していますね。そうして17歳でとびの会社へ入り、職人として最初の一歩を踏み出したというわけです。

 お若くして社会に飛び込まれ、思うようにいかないこともあったのでは?

喜友名 そうですね。当時は遊びたい盛りの年齢でしたし、同学年の友達が夜遅くまで遊んでいるのがうらやましくて、私もつい一緒に羽目を外して、翌朝寝坊して先輩にきつく叱られる、ということもありました。それでも、先輩方は私に社会人としてのマナーや上下関係を1から教えてくださいましたし、私自身も「会社の門をくぐった以上は上の人の言うことは聞こう」と思い、そこで人間的に大きく成長することができたんです。その後は入社3年目で職長を任されるなど短期間で多くの技術と知識を身に付け、24歳の時に独立するに至りました。

1 2


amazonからのご注文
2022年7月号
COMPANYTANK 2022年5月号

巻頭企画「天馬空を行く」には、現役時代に圧倒的な強さで「怪物」と称され、現在は日本競輪選手養成所の所長を務める瀧澤正光氏と、平昌オリンピック・男子モーグル銅メダリストで、競輪選手への転向を果たした原大智氏がご登場!他競技から競輪へ転向したという共通点を持つお二人に、競輪の醍醐味や選手にとって大切なこと、さらに競輪界の未来のことまで、対談形式で語り合っていただきました!どうぞお楽しみに!!

定期購読のご案内
 

interviewer's eye

カンパニータンクのインタビュアとして活躍されている各界の著名人たちに本誌編集局が逆インタビュー。

宮地 真緒 矢部 美穂 水野 裕子 名高達男 鶴久 政治 時東ぁみ 駒田 徳広 杉田 かおる 畑山隆則