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インタビュー

製造・技術

アラセ・アイザワ・アエロスパシアル 合同会社

群馬大学工学部機械工学科卒業後、スズキ(株)の前身である鈴木自動車工業(株)に就職。主にオートバイエンジンの開発を担当し、1999年には看板モデル「ハヤブサ」の開発主担当として最高速度300km/hを達成するなど輝かしい実績を残す。世界一のものづくりを掲げて新しい挑戦を続けるべく2018年に独立し、2020年にアラセ・アイザワ・アエロスパシアル(同)を創業。現在は二輪車のエンジン技術を応用したドローン用エンジンの開発に心血を注いでいる。

アラセ・アイザワ・アエロスパシアル 合同会社
住所 〒430-0846
静岡県浜松市南区白羽町567-2
URL https://www.aaa-llc.jp/

スズキ(株)の「ハヤブサ」の開発を担当するなど、二輪車エンジンの分野で活躍してきた荒瀬氏が、新たな挑戦として立ち上げたアラセ・アイザワ・アエロスパシアル(同)。ドローン用エンジン開発の最前線を走る同氏の熱い思いに、俳優の名高達男さんが迫った。


ものづくりへの渇望から新天地へ

名高 荒瀬代表は、これまでエンジニアとして輝かしいキャリアを築いてこられたとうかがっています。まずはその辺りのご経歴をじっくりお聞かせください。

荒瀬 私は、幼少期はおっとりした性格でこれといった趣味もない少年でした。しかしある日、父が買ってきてくれた「Uコン型模型飛行機」の雑誌がきっかけでエンジンの魅力に引き込まれ、自作の機体を飛ばすほどのめり込んでいったんです。高校生になると最小個数のタイヤで駆動するオートバイのエンジンに興味を抱くようになり、その流れで自動車・バイクメーカーの鈴木自動車工業(株)に就職しました。当時の社内は「世界一を目指すんだ」という気概にあふれていて、血気盛んなエンジニアたちと日夜激論を交わしながら開発に勤しんでいましたね。そして、1999年には開発主担当として、最高時速300kmを誇る「ハヤブサ」を世に送り出したんです。

名高 バイク乗りなら知らない人がいないあの「ハヤブサ」の生みの親が荒瀬代表だったとは、驚きました。

荒瀬 その後は「MotoGPレースグループ」のプロジェクトリーダーを務めたり、新エンジンの量産化に携わったり、引き続き忙しい毎日を送っていたのですが、次第に「せっかくのエンジン開発技術を狭い範囲に留めておくのはもったいない」という気持ちが強くなり、2018年に独立することを決めました。多くの方のお役に立てる分野で、もう一度“世界一のものづくり”をしたいという渇望もあったのかもしれません。

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