横浜市出身。幼少期のケガをきっかけに医師の道を志す。1995年に大学を卒業し脊椎外科を極めるべく整形外科に入局。以降、脊椎・脊髄の治療を専門に、さまざまな病院で経験を積む。その後、「平和病院」にて「横浜脊椎脊髄病センター」を立ち上げた。迅速な検査と治療で大勢の患者の健康に寄与している。
医療法人 平和会 平和病院 横浜脊椎脊髄病センター |
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住所 | 〒230-0017 神奈川県横浜市鶴見区東寺尾中台29-1 |
URL | http://www.heiwakai.com/spine/ |
無数の神経が通る背骨や首の骨の治療は難易度が高い。しかしこの分野に果敢に挑み、成果を上げているのが「平和病院」副院長、 「横浜脊椎脊髄病センター」センター長の田村氏だ。地域医療に貢献する同氏の熱い思いをタレントの石黒彩さんがうかがった。
横浜に脊椎・脊髄専門機関を開設
石黒 脊椎・脊髄の専門医としてご活躍中の田村先生が医師の道を志したきっかけなど、これまでの歩みを教えていただけますか?
田村 医者を目指すようになったのは小学6年生のときで、相撲をして遊んでいた際に大ケガを負ったことがきっかけになりました。損傷した私の手を治療してくれる病院を両親は走り回って探してくれたのですが、どこへ行っても「指先を切断するしかない」と言われてしまったんです。しかし、何件かを回った後に辿り着いた病院の先生が手術できれいに全部治してくれたんですよ。その時に私は医師になろうと決心しました。
石黒 なるほど。幼い頃のご経験が現在につながっている、と。
田村 はい。程なくして私は大学医学部に進学し、卒業後は迷わず整形外科の道を選んだんです。外科の中でも脊椎や脊髄を専門的に扱い、大学病院などで修練を積んできました。そして、「平和病院」にて脊椎・脊椎を専門的に扱う機関として当センターを開設し、2022年で開設10周年を迎えたところです。
石黒 脊椎・脊髄の専門機関が必要だと感じられていたんですね。
田村 ええ。骨の中に神経が走っている脊椎・脊髄の治療や手術はとても難しいんです。そのため、小さな病院では対応できないという場合もあるんですよ。とはいえ、大きな病院では検査に時間がかかったり、手術や入院が必要でもなかなか順番が回ってこなかったりということになりがちなんです。だからこそ、専門性が高く小回りもきく中規模の機関が必要だと思いまして─。もちろん、一から専門機関を立ち上げるのは簡単ではありませんでしたね。
しかし、横浜の地で75年以上にわたり医療を提供し続けてきた「平和病院」ですから、看護師、薬剤師、リハビリなどの職員も優秀なんです。私が当センターの立ち上げに踏み切ったときには、誰もが率先して当センターの職務に励んでくれました。そうして、患者様はもちろん地域の開業医の先生からも頼られる存在になることができたんです。
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