インタビュー

建築

飯塚板金

年季奉公の要素が色濃く残る時代に建築業界に足を踏み入れ、職人としての修業を積む。オイルショックの影響を受けて当時勤めていた会社の事業が衰退化したことをきっかけに、1978年に独立。「きれいな仕事をすること」をポリシーに着実に事業を拡充し1979年に法人化を果たす。現在は経営の座を息子の友和氏に譲り、自身は会長として事業をサポートしている。

飯塚板金
住所 〒236-0034
神奈川県横浜市金沢区朝比奈町542
URL http://iizuka-bankin.jp/

過酷な修業を経て、「飯塚板金」を創業した飯塚久氏。40年以上の歴史を築き上げ、現在は息子である友和氏に事業を継ぐと共に、自身は会長として大所から指揮にあたっている。一貫して順風満帆な同社の業績の秘密を知り、ミュージシャンの鶴久政治さんも「ますます未来が楽しみだ」と感嘆していた。


「きれいな仕事をすること」がモットー

鶴久 本日は「飯塚板金」の創業者である飯塚会長にお話をうかがいます。さっそく、会長のこれまでの歩みから教えていただけますか?

飯塚 私は40年以上前に、東京にあった建築板金会社に住み込みで勤めていて、そこで修業を積みましてね。当時はまだ、「年季奉公」の考えが浸透している世の中で、私も朝早くから夜遅くまで働き、休日もほどんどなかったんですよ。とても大変でしたが、そこでは忍耐力を身に付けることができましたし、厳しい修業のおかげで、何が起きても動じないようになりましたね。ところが、程なくして、当時の会社はオイルショックの影響を受け、仕事が減少してしまったんです。そこで私は、「自分の力を試すべく、この際独立をして自分で仕事を取ろう」と考えて当社を創業しました。

鶴久 職人だけでなく経営者という立場にもなられたということですね。実際に独立されてみていかがでしたか?

飯塚 嬉しいことに、創業してすぐに多くの仕事の依頼が舞い込んできたんですよ。紹介が紹介を呼び、とても忙しかったので、少しずつ人材も増やして、事業を拡充してまいりました。

鶴久 それはすごいですね!独立し始めた頃は営業活動で頭を悩ませる経営者の方も多いと聞きます。そんな中でも、しっかりと修業を積み技術のある会長だからこそ、独立当初から経営を軌道に乗せることができたのでしょうね。

飯塚 ありがとうございます。誰にも負けないよう丁寧に仕事をしていれば、営業をせずとも自然と仕事を依頼してくださる方は増えていくはず。そう考えて創業以来仕事に取り組んできたので、実は営業活動はほとんどしていないんです。また、私は昔から「きれいな仕事をすること」をポリシーにしているので、そうした点が皆様からの評価につながったのかもしれません。

1 2


amazonからのご注文
2021年9月号
COMPANYTANK 2021年9月号

巻頭企画「天馬空を行く」には、ドラマやバラエティ番組で活躍中の女優・田中道子さんがご登場!内向的だったという幼少時代から、仕事における信念、地方活性化への思いまで、ここでしか読めない内容がたっぷりのインタビューです!

定期購読のご案内
 

interviewer's eye

カンパニータンクのインタビュアとして活躍されている各界の著名人たちに本誌編集局が逆インタビュー。

時東ぁみ 駒田 徳広 鶴久 政治 矢部 美穂 名高達男 水野 裕子 宮地 真緒 杉田 かおる 畑山隆則