インタビュー

建築

有限会社 伊集興業

子どもの頃から野球を続け、社会人チームのある印刷会社に就職するも、腰を痛めて引退。父が経営する(有)伊集興業で左官職人になる。徐々に仕事にやりがいを感じるようになり、2015年に2代目社長となった。数多くの竿を有し、海釣りやゴルフ、食べ歩きなど多彩な趣味を持つ。モットーは、人生を楽しむために働くこと。

有限会社 伊集興業
住所 〒230-0071
神奈川県横浜市鶴見区駒岡5-21-17
URL http://ishu.pro/

左官業を手がける(有)伊集興業の2代目・伊集盛俊社長。若い頃は仕事に身が入らなかったが、今は感謝の気持ちで元請け会社に恩返しを続けている。人のつながりを大事にする社長の生き様を知り、俳優の名高達男さんも「自分にそっくりだ」と感銘を受けていた。


野球を断念し左官職人に転身

名高 建築業界で左官を手がける(有)伊集興業さん。伊集社長は2代目とのことですが、現在に至るまでの経歴を詳しく教えていただけますか?

伊集 当社と左官のつながりは、叔父が建築会社を立ち上げたことで始まりました。私の父も叔父の後を追うようにその会社に入り、管理部門で腕を磨いた後に1991年に独立して当社を立ち上げたんです。私は子どもの頃から野球を続け、社会人チームのある印刷会社に就職しました。しかし腰を痛めて手術をし、プレーを断念したんです。目標を失った私は1996年に当社に入社しました。当時の当社は30名ほどのスタッフを抱え、そのうち10人くらいは親戚で、同じ建物に住んでいる家族中心の会社だったんですよ。私も先輩の親戚に指導を受けながら徐々に左官の技術を修得し、2015年に父の後を継いで当社を経営するようになりました。

名高 以前は異業界で働かれていたとのことで、最初は大変だったのでは?

伊集 はい。私がこの世界に入ったのは21歳の時ですが、最初のうちは「いつ辞めようか」と考えてばかりでした。今思えば、それは自分のことしか見ていなかったからだと思います。まだ若かった私はとりあえず左官で資格を取るまで頑張って、その後は何か別の仕事をしようと安易に考えていたんです。

名高 そんな社長にも転機が訪れたようですね。

伊集 ええ、仕事に慣れ一人前の給料をもらえるようになると左官の楽しさがわかるようになりました。10年ほど経つと業界に知り合いも増え、自分なりに工夫しながら営業や経営にも携わるようになったんです。現場とは違う面から仕事のおもしろさを知ることもできました。

名高 あらためて、左官とはどのようなお仕事なのかお聞かせください。

伊集 左官にもいろいろな種類がありますが、当社が手がけるのはコンクリートの建物の床の下地をつくることです。コンクリートの床は上にカーペットを張るのか、タイルを敷くのかなどによって仕上げの方法が変わります。設計に合わせてコンクリートの床を適切につくり上げることが私たちの役目です。

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