インタビュー

建築

合同会社 b・t・f

実家が営むタイル工事の仕事を見ながら育つ。15歳でタイル工になり、アルジェリアを皮切りにさまざまな国でODA(政府開発援助)の事業をサポートする。日本でも左官・リフォーム業を展開。顧客と丁寧にコミュニケーションを取ることをモットーにしている。

合同会社 b・t・f
住所 〒292-0052
千葉県木更津市祇園2-26-13
URL https://www.b-t-f.com/

鶴久 鈴木社長が、左官工事やリフォーム業を始めることになったきっかけを教えていただけますか?

鈴木 父がタイル工事の職人だった影響で、私自身も幼稚園の頃から現場でスコップを持って遊んでいたんです(笑)。15歳で父の会社のタイル工見習い、18歳頃に修業として他社で塗装職人になり、19歳で左官の道に進みました。そして二人目の親方から大きな影響を受けることになったのです。その親方の仕事ぶりに惚れ、自らお願いして弟子入りしました。「職人は死ぬまで勉強だ」という親方の言葉は一生忘れられません。

鶴久 今の社長があるのは、お父様や素晴らしい親方のおかげなのでしょうね。その後の歩みもお聞かせください。

鈴木 24歳で個人事業主として独立し、左官やリフォームを手がけるとともに海外でも仕事をしたんです。2009年に、日本のODAで道路や病院を建設することを目的にアルジェリアへ行ったのが最初の海外での仕事でした。アルジェリアの公用語はアラビア語です。けれど当然、私はまったくわかりません。それでも、1年6ヶ月の滞在中に基本的な言葉をマスターし、あいさつの仕方も覚えました。実際に現場で働くのはインドネシア人が多かったので、インドネシア語も不自由なく話せるようになったんですよ。

鶴久 それはすごい!海外の方に日本の技術を教えるのは難しかったでしょう。

鈴木 はい、材料も道具も心構えもまったく違いますからね。日本の職人は何事もきっちりしなければ気が済まないのに対し、彼らは「少しぐらい曲がっていてもいいだろう」という考えなんです。ですから私は自らコテを持って使い方を教え、掃除や整理整頓の大切さまで丁寧に指導していきました。その後もコンゴ民主共和国、ミャンマー、フィリピン、ヨルダンへ赴きました。海外の仕事は大変でしたがやりがいもありましたね。

鶴久 そのご経験は、日本での事業にも生かされているのではないですか?

鈴木 もちろんです。私は、たとえお客様から依頼された仕事が50%ほどの完成度でよいものだったとしても、自分で納得いかなければ完璧な形になるまでやり遂げるようにしています。これはお金の問題ではないので、追加の費用をいただくことはありません。お客様に「ありがとう」と感謝の言葉をかけていただけるだけで大きな喜びを感じるんです。

鶴久 とても頼もしいですね。そんな社長の今後の目標を教えてください。

鈴木 当社の社名は「ブリッジ・トゥ・ザ・フューチャー」、つまり「未来への懸け橋」の略称なんです。私は一人の職人としていつまでも学びつつ、日本と世界とを結ぶ懸け橋になれたらと思っています。そのためにも信頼できる弟子を育てながら、いずれは海外に事務所を構えて雇用を生み、地域の人たちのよりどころになるつもりです!

GUEST COMMENT

鶴久 政治

建築と音楽、ジャンルは違えど、鈴木社長と私は同じ職人であると感じました。ものづくりに喜びを感じることや、人との出会いを大事にすることなど、多くの共通点があります。苦労をしてもそれを感じさせない点も社長の魅力ですね。これからも、豊富な経験を生かして大勢の方の未来を紡いでください!


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