インタビュー

製造・技術

有限会社 つるみキー道

1970年に先代の叔父が金属加工業を開始。1980年、(有)つるみキー道として法人化する。幼少期から叔父の仕事ぶりを見ながら育ち、約1990年頃から仕事を手伝うようになった。その後2代目として経営を継ぎ、熟練の技と飽くなき向上心で100分の1mm単位での金属加工に汗を流している。現在は人材育成にも力を注ぐ。

有限会社 つるみキー道
住所 〒230-0071
神奈川県横浜市鶴見区駒岡2-12-37
URL http://tsurukey.jp/

横浜市で金属加工を手がける(有)つるみキー道。子どもの頃から先代の仕事ぶりを見て育った工藤社長は、楽しむことを大事にしながら日々の業務に取り組んでいる。その姿勢を知った野球評論家の駒田徳広さんも、「今後がますます楽しみ」と目を輝かせていた。


100分の1mmの精度で金属加工

駒田 本日は、金属加工一筋の人生を送っておられる工藤社長にお話をうかがいます。まずは社長の歩みや(有)つるみキー道さんの歴史を教えてください。

工藤 この会社は、私の叔父が1970年に立ち上げて10年後に法人化し、2020年で創業52年目を迎えたところです。私自身も幼い頃から叔父の仕事ぶりを見ていて、「後は任せたぞ」と言われながら育ちました。当社の業務内容を簡単にご説明すると、産業用機械の部品に切削加工を施すことです。100分の1mmという高い精度を求められる仕事なので簡単ではありませんが、ぴったり加工できた時には大きな喜びを感じます。

駒田 100分の1mmとは驚きです!さぞプレッシャーも大きいのでしょうね。

工藤 ええ、私がこの仕事に就いたのは20歳の時でした。最初からすべてうまくはいきません。失敗を繰り返しながら研究を続け、「もう辞めよう」といったネガティブな気持ちを抑えながら事業にまい進してきました。お客様からお預かりする部品の中には、1個数百万円という高価なものもあります。そのような部品を加工して「少しだけズレました」とは絶対に言えませんから、今も大きな重圧と闘いながら研鑽を積む日々です。

駒田 (有)つるみキー道さんは、機械が完成した後では見えなくなってしまう部品を加工する、いわば縁の下の力持ちですね。そこには大きなやりがいと喜びがあるのではないでしょうか?

工藤 そうですね。ただ、この仕事を続けて30年になりますが、未だに「腕を上げたな」と満足したことはありません。今も模索しながら、金属の材質に応じて適切なバイトを選んでいます。それがうまくはまって正確に加工できた時は、本当に気持ちがいいですね。

挑戦しなければ問題は解決できない

駒田 それでは、(有)つるみキー道さん特有の強みを教えてください。

工藤 当社で誇れるのは、技術や納期を理由に仕事を断らない点です。価格面でライバルに負けるのは仕方ありませんが、それ以外の理由でご依頼をお断りすることはありません。もちろん、納期に関しては厳しい要求も多いです。例えば、1個の加工に2日かかる部品5個を「1週間で仕上げてくれ」と言われることもあります。そんな時でも、私たちは深夜まで残業したり、土日も仕事をしたり、同業の仲間にも協力してもらいながらお約束の日までに必ず納品しています。その努力が、「つるみキー道に」というご指名をいただけるのかなと。

駒田 「断らない」と口で言うのは簡単ですが、実際はなかなかできないことだと思います。「この部品の加工は無理だ」と尻込みすることはないのでしょうか?

工藤 金属加工は、素材が違えば使用するバイトの材質も刃を入れる角度も変わってきます。何度試してもうまくいかず、時間だけが過ぎていくこともあるのが実状です。ただ、挑戦しなければ問題を解決することはできません。だから当社は仕事をお断りしないんです。

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