インタビュー

建築

ナインズ・クローバー

学生時代は野球に熱中。学業修了後は飲食業界に進み、管理者まで務める。25歳でアルバイトとして荷揚げ業界に飛び込む。29歳で共同経営を果たすものの、後に退職し、東日本大震災の復興事業に参加。その後、2016年に荷揚げ業を手がける「ナインズ・クローバー」を創業した。細やかなサービスを心がけ、顧客の信頼を獲得している。

ナインズ・クローバー
住所 〒125-0042
東京都葛飾区金町3-19-2
エーデルハイムⅡ201
TEL 03-6231-3916 / FAX 03-6231-3917

建設現場で資材を運ぶ専門職の荷揚げ。25歳でこの業界に飛び込んでやりがいを感じ、苦労の末に独立を果たしたのが「ナインズ・クローバー」の鷲塚代表だ。その誠実な人柄と前に突き進むエネルギーに触れ、野球評論家の飯田哲也さんも大きなパワーを受け取っていた。


建築資材を運ぶ荷揚げの仕事

飯田 荷揚げ業を手がける「ナインズ・クローバー」の鷲塚代表は、もともと野球をやっていたそうですね!

鷲塚 はい。高校は二松学舎大学付属高校に進んで甲子園を目指すなど、野球に集中していました。やがて20歳のときに飲食業界に進み、管理者まで務めたんです。ただ不景気のせいで、結婚し子どもも生まれたのにどんどん給料が下がりました。それで、家族を養うため荷揚げの仕事に転じたんです。

飯田 荷揚げというお仕事について、ぜひ詳しく教えてください。

鷲塚 揚重と呼ぶこともある荷揚げは、ボードなどの建築資材をトラックから降ろし現場に運び込む専門職のことです。道路が狭くトラックが入れない、資材の量が多い、階段を上がるなど、さまざまな建設現場で資材を担ぎ人力で運び込んでいるんですよ。一般的なボードは1枚14kgほどあり、一度に4枚ぐらい担いで運びます。一現場あたり一人で200枚ほど運ぶのが標準的な作業量ですね。

飯田 それはすごい。力持ちでないとできない作業で、建設現場を支える縁の下の力持ちですね。代表は、最初から荷揚げに魅力を感じたのでしょうか?

鷲塚 私は体を動かすのが好きではあったものの、最初はきつかったです(笑)。ただ、荷揚げの良いところは資材を運び終えたら拘束が終わります。また、現場ごとに報酬をもらえるので、多いときは1日3件も回って給料を稼ぎました。
 やがて私に転機が訪れました。ある商業施設の建設現場で職長を担当することになりましてね。その現場では、20人ものアルバイトと共に大量の資材を運び込む必要があったんです。数日かかる作業だったので、私は駐車場に車を停めて寝泊まりしながら指示を出し続けました。そうして私は、効率良く資材を運ぶことにやりがいを見いだしたんです。それからは、玉掛けなどの資格も取得し将来の飛躍に備えました。

飯田 体を酷使しながら資格勉強も続けられたことに驚きです。代表は肉体的にも精神的にも強いお方ですね!独立はどういったきっかけだったんでしょう?

鷲塚 飲食業界時代の後輩が、事業資金を出してくださる方を紹介してくれたんです。最初は「飲食店を始めたら」という話でしたが、私は荷揚げにこだわり、29歳で共同経営を果たしました。ただ、運転資金をオーナーさんに頼るのではなく、自分自身の力で事業に挑みたいという気持ちが湧き上がるようになりましてね。私は会社を退職し、東日本大震災後の東北に赴き、仮設住宅の建設など復興事業に参加しました。3年ほど携わり、妻と3人の子どもを養いながらお金を貯めましてね。その資金を使って、2016年にあらためて当社を創業したんです。

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