インタビュー

製造・技術

有限会社 工藤製作所

山形県出身。集団就職で上京し、父が働いていた工場に勤務する。その後、飲食店に勤める。程なくして、町工場の経営者に声をかけられ再び職人の道に戻る。26歳で(有)工藤製作所を創業。78歳の今も真空部品の製造に汗を流している。

有限会社 工藤製作所
住所 〒213-0002
神奈川県川崎市高津区二子3-34-3
URL https://www.navida.ne.jp/snavi/100823_1.html

名高 今日は、川崎市高津区に工場を構える(有)工藤製作所さんにお邪魔しています。さっそく、工藤社長が職人の道に進むまでの歩みをお聞かせいただけますか?

工藤 私は山形県出身です。中学を卒業し1958年に集団就職で上京しました。当時、父が大田区にあった町工場の工場長を務めていたので、私も同じ工場に就職することになったんです。しかし、父が工場長だったことで周囲から疎まれ、1年半で退職することになってしまいましてね。その後は、飲食店で働くようになりました。

名高 なるほど。一時は職人の世界から身を引いたんですね。その後、転機はどのようにして訪れたのでしょうか?

工藤 その店に遊びに来たある町工場の社長さんが、私に自分の工場で働くよう勧めてくださったんです。やがて昼は工場、夜は飲食店と仕事を掛け持ちするようになったものの、多忙から勤務中に睡魔に襲われることも少なくありませんでした。そんな私を見かねた社長さんに、「機械と飲食店、どっちがやりたいんだ」と言われたことをきっかけに、この仕事一筋でいこうと決意したんです。当社を創業したのは26歳のときで、それからすでに50年を越える年月を重ねました。

名高 では、具体的な業務内容を教えてください。

工藤 当社はマシニングセンターなどの工作機械を所有し、真空部品をはじめとするさまざまな部品の製造・加工を手がけているんですよ。精密部品の加工には、文字どおり精密で精度の高い技術が求められます。だからこそ、私たちは完全に自動化された機械ではなく、あえて職人に創意工夫が求められる汎用機を使いこなすことで、他社にはできないような精度の高い部品の製造を実現しているんです。精密部品であれば、小型部品加工から大型部品加工までさまざまなニーズに合わせてご依頼を受けているので、たくさんのお取り引き先様から喜ばれていますね。

名高 それだけの結果を残すには、社員のみなさんが力を合わせなければなりませんね。

工藤 名高さんのおっしゃるとおりです。当社は私と妻、そして私の弟の3人に加え、3年前に入社した原田と共に日々仕事にまい進しています。彼は知人の会社で工場長をしていて、私の技術を身に付けたいと言って移ってきた熱心な若者なんです。そのため、私もつきっきりで仕事を教えているところですよ。

名高 お話をうかがっていると、社長の誠実なお人柄が伝わってきます。最後に、今後の展望についてはいかがですか?

工藤 私は近いうちに引退し、原田に2代目を継がせるつもりです。そのためにも、さらに工場の規模を広げ、スタッフも増員するなど、ますます事業を拡大していきたいですね。

GUEST COMMENT

名高 達男

コロナ禍でも、仕事の依頼が殺到しているという(有)工藤製作所さん。それは工藤社長の見事な技術や経営手腕と同時に、社員さんが一致団結して良い製品をつくり続けているからなのでしょう。これからも高品質な部品づくりを続けて、活躍していってくださいね。私も陰ながら応援しています!


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