学業修了後は総合物流会社に入社し、語学力を生かして輸出入部門で活躍。その後、太陽光事業を立ち上げるも、経営が厳しい状況に。住んでいたマンションの大家から譲り受けた不用品を、海外へネット販売することで苦境を脱する。知り合いと共に新たに開始した飲食店事業で見事に成功。程なくして家業が経営難に陥っていたことを機に地元へ戻り、(株)土井商事の2代目代表取締役社長に就任した。
株式会社 土井商事 | |
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住所 | 〒289-2315 千葉県香取郡多古町御所台201-3 |
URL | http://doi-tc.jp/ |
1962年の創業以来、カット野菜の生産販売を主軸に存続してきた(株)土井商事。近年は経営不振に陥りかけていたが、立て直しを任された2代目、土井社長の改革によって再び勢いを増している。その独自の経営理念に、マラソンランナーの千葉真子さんが迫った。
不振の家業を救うべく帰還
千葉 こちらはカット野菜の生産販売を手がけている食品製造会社だとうかがっています。まずは、土井社長が2代目として事業を継承された経緯からお聞かせいただけますか?
土井 この会社は祖父母が創業し、私自身も幼い頃から身近に感じていたものの、自分が後を継ぐことは考えていませんでした。ただ、経営者になりたいという思いは抱いていたので、大手飲食チェーンや総合物流会社で社会経験を積んだ後は、東京で太陽光発電の事業を立ち上げたんです。しかし、経営難になってしまい、畳むことになってしまいましてね。それでも諦めずに築いた人脈を生かして、知り合いと共に新たに始めた飲食店事業では経営を軌道に乗せることができ、順調に歩んでいたんです。
千葉 その後の展開が気になります。
土井 ある時、祖父母の会社から「売り上げが下がり続けていて、このままだとキャッシュフローが破綻してしまう」と連絡が来たんです。詳しく話を聞いていくと、祖父母が高齢になり現場を離れるようになってから、少しずつマイナスが蓄積し、経営が苦しくなってしまったということでした。父も母も、自分の仕事で忙しくしていましたから、「それなら私が何とかするしかないだろう」と腹を括り、組織から離れることを決意しまして。そして、結婚直前だった妻を懸命に説得して地元へ帰ってきたんです。
「やればできる」の信念を抱いて
千葉 順風満帆で事業を継がれるのとは状況が大きく異なりますよね。立て直しを一手に引き受けられるプレッシャーは相当なものだったのでは?
土井 いえ、むしろ私のもともとの性格からか、「自分次第でどうにでも変えられるのだから、くよくよしても仕方がない」と割り切って前向きに改革に着手したんです。経営者である以上、度胸がなければなりません。ですから覚悟を決めて2代目に就任したのも、自分のポリシーを貫くうえでは、当然のことだったんですよ。
千葉 こうしてお話をうかがっていると、社長からは前向きさや粘り強さを感じます。2代目に就任してからつらい出来事はなかったんですか?
土井 問題に直面したり、悩んだりしたことはあったものの、心が折れることはありませんでしたね。「この会社の将来は自分の手にかかっている」と責任感を抱き続けていたことが、奏功したのだと思います。苦労したことがあるとすれば、長く勤めてくれている年配社員との関係でしょうか。中には私が小さい頃から付き合ってくださっている方もいたので、「社長」として接することの難しさは感じました。それでも、根気強く個人面談をすることで徐々に現場と経営の意識の差を埋めていき、どうにか危機を脱することができたんです。
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