インタビュー

卸・販売

株式会社 ASLINQ

代表取締役 中野 幸司
起業家の父親のもとで育つ。自動車整備士の専門学校を卒業し、東京の輸入車カーディーラーに就職。そこで出会った保険の営業員からの誘いを受けて、保険業界へ転向した。保険販売のノウハウを学んだ後、家業へ戻り保険事業部を立ち上げる。2017年に、家業を離れ独立し、(株)ASLINQを設立。

宇野 明日香
前職時代は営業経験を積み、将来を模索していたところ、知人を介して中野氏と出会う。中野氏の人柄に惹かれ、(株)ASLINQの事業に参画。現在は、前職で培った提案力を武器に、保険のアドバイザーとして活躍している。

株式会社 ASLINQ
住所 [本社]〒399-0744
長野県塩尻市大門57-9 605
[営業所]〒399-0033
長野県松本市笹賀6492
URL https://aslinq.co.jp/

長野県を拠点に多様な事業を展開する(株)ASLINQ。社長の中野氏は得意分野を生かしつつ、出会った人との縁を重んじ、より良いサービスの創出を信条としている。その経営哲学について、創業期から社長を支える社員の宇野氏を加え、タレントの矢部美穂さんが話をうかがった。


知見と人脈を武器に業容拡大

矢部 まずは、中野社長が独立されるまでの歩みをお聞かせください。

中野 私は幼少期から車が好きだったので、自動車整備士の専門学校へ通い、卒業後は輸入車を扱う東京のカーディーラーに入社しました。そこで整備士として仕事をしていたところ、たまたま知り合った保険の営業員の方から「一緒に働かないか」と声をかけていただいたんです。それがきっかけで、保険業界へ転職しました。

矢部 偶然の出会いを機に、保険業界へ歩みを進められたということですね。

中野 ええ。転職後は、営業担当として業務に注力していました。しかし、あるとき地元の長野県で事業を手がけている父親から「戻ってこないか」と誘われたんです。そこで、父親の会社で新たに保険事業部を立ち上げる形で家業に入ることにしました。

矢部 そのまま家業を継がれる道もあったかと思います。自ら起業することを決断された理由は何だったのでしょうか?

中野 父親と長く一緒に仕事をするうちに、意見が合わない部分や方向性の違いが見えてきたんです。それならば、これまでの自分の経験を生かし、思い切って起業しようと考えました。そして、2017年に独立し、当社を立ち上げたのです。

矢部 では、実際に起業されてみて、手応えはいかがでしたか?

中野 独り立ちすることを決めてすぐに会社を設立したため、最初は事業資金もあまりありませんでしたし、正直苦労することも多かったです。ただ、「会社が成長していくのを見る楽しみがある」と思っていた私は、悲観的になることはありませんでしたね。知人の紹介で出会った宇野と共に、前向きに頑張り続けてきました。宇野は会計や事務処理といった部分で、ずっとバックアップをしてくれていたので、本当に感謝しています。

宇野 私は創業当初から中野社長の働き方をそばで見てきました。社長の仕事に対する熱意を常に感じていたので、共に仕事を進める中で不安になることはなかったですね。生き生きと仕事に打ち込む社長の姿を見て、「この人なら大丈夫だろう」と安心してついていくことができたんだと思います。

矢部 お二人で支え合いながら事業を広げてこられたのですね。

中野 はい。着実に経営を軌道に乗せながら、保険代理店事業、自動車販売事業を開始し、さらに保険の営業員時代に出会った人材派遣業の社長から事業を引き継ぐ機会が訪れたんです。そのため、現在は当社の他にも人材派遣業を手がける企業の運営も行っています。そこでは、「もっと自分の能力を発揮できる仕事をしたい」「働きたいのに、なかなか働き先が見つからない」という悩みを抱えている方のために、適材適所の現場を紹介しておりますよ。

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