インタビュー

卸・販売

株式会社 ムクダ

明治時代後期に広島県で椋田組として、旧海軍の官舎や旧広島県産業奨励館などの建築に携わった椋田松太郎氏の子孫として生まれる。学業修了後は事業に参画。数度の組織変更を経た(株)ムクダの代表取締役社長に就任した。(公社)日本ユネスコ協会連盟維持会員。UNESCO世界遺産原爆ドーム保存事業への貢献に努める。(株)アイコーを設立し、2016年には東京に進出。「モノを売るな、人で売れ」という先代の言葉を軸に事業拡大に努めている。

株式会社 ムクダ
住所 [本社]〒734-0013
広島県広島市南区出島2-10-45
URL http://www.mukuda.co.jp/
株式会社 アイコー
住所 〒108-0075
東京都港区港南1-9-36
アレア品川 13階
URL http://aicodecor.jp/

室内装飾材料の卸販売から内装仕上げや建設工事の設計、施工までを手がける(株)ムクダ。広島県に本社を構え、長年の歴史を持つ同社の椋田社長は、2016年に東京進出を果たした。先代から継いだ思いを軸に、事業拡大に注力するその熱き思いを、女優の杉田かおるさんがうかがった。


広島県と共に進化する企業

杉田 広島市に本社を構える(株)ムクダさんは、100年以上の歴史を持つ老舗企業だとうかがいました。

椋田 そうなんです。弊社の歴史は、明治時代から始まります。私の高祖父である椋田松太郎は、広島県呉市で旧海軍の官舎などの建築に携わっていたんです。1914年に弊社の前身である「椋田組」が、現在のUNESCO世界遺産・原爆ドームと呼ばれている広島県産業奨励館の建設にも携わりました。

杉田 日本の歴史に残る建物の建築にも関わっていたんですね!

椋田 ええ。そして、大変な時期も乗り越えて、1955年に(有)椋田商店を設立し、1970年に(有)ムクダと商号を改めました。以降、自社ビルを建てたり、事業の幅を広げたりして、1991年に(株)ムクダへ組織変更したんです。

杉田 ちなみに、東京にも事業進出を果たされたそうですね。

椋田 はい。関連企業である(株)アイコーを設立し、東京進出をしました。

杉田 時代に合わせて事業拡大をされてきたからこそ、長い歴史を築くことができたのでしょうね。

椋田 やはり、必要とされるものもどんどん変わってきていますので、基礎は崩さずに新しいことを取り入れていくことが経営を進めていくうえでは必要だと感じております。また、弊社は、(公社)日本ユネスコ協会連盟の維持会員としてSDGsを推進しています。
SDGs(Sustainable Development Goals)とは、持続可能な開発目標であり環境・経済・平和活動など、国連が定めた2030年までに世界を変える17の課題です。弊社が歩んできた平和の歴史と共に、役割を果たしていきたいと考えています。(株)ムクダが創業105年を迎えた2019年には、原爆ドームを後世にも残し続けてほしいという思いのもと、保存事業向けの寄付金を広島市へ贈らせていただきました。ありがたいことに広島市長から感謝状をいただいたんです。

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