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インタビュー

スペシャリスト

株式会社 バリューワークスエデュケイト

小学校3年生からバスケットボールを始める。高校を卒業してからは飲食業に携わり、20代前半で自身の飲食店を開業。わずか数年で5店舗にまで規模を拡大させた。28歳のとき、さらなるチャレンジを見据えIT業界に転身。数社で業務に携わる中で、研修講師や部長職、役員などを経験する。その後、自身の子どもがきっかけでバスケットボールスクールをスタート。研修で訪れたロサンゼルスでの指導方法に衝撃を受け、それを広めるべく36歳で再独立を果たし、(株)バリューワークスエデュケイトを立ち上げた。

株式会社 バリューワークスエデュケイト
住所 〒213-0022
神奈川県川崎市高津区千年141-3
URL https://valueworks-educate.co.jp/

バスケットボール界で、革新的な指導スタイルを持つスクールが誕生した。神奈川県川崎市を中心に日本全国で活動する「ValueWorks」である。運営元の(株)バリューワークスエデュケイトの代表取締役社長を務める赤津氏の信念や、仕事に懸ける思いとは何か。バスケットボール愛好者で知られるタレントの水野裕子さんが掘り下げる。


ロサンゼルスで受けた衝撃

水野 バスケットボールによる教育事業「ValueWorks」を手がけていらっしゃる(株)バリューワークスエデュケイトさん。バスケットボールを愛する者として、今日はすごく楽しみにしていました。

赤津 そう言っていただけると嬉しいです。簡単に自己紹介をさせてください。私がバスケットボールを始めたのは、小学3年生のときでした。当時は練習がつらくて活躍もできないし、嫌々やっていましたね。でも中学生のときに、「こうすればシュートが入るようになる」と閃く瞬間があって、それからは誰よりも練習に取り組んだんです。すると、自分でもおもしろいように上達していき、バスケットボールがどんどん好きになりましたね。社会人になってからも、ミニバスのコーチとして指導したり、プレーヤーとして社会人クラブチームに所属して全国大会に出場したりするなど、仕事の傍ら、バスケットボールを続けていました。

水野 筋金入りのバスケットボール好きとお見受けしました。そんな赤津社長が、起業に至るまでの経緯が気になります。

赤津 福島県いわき市にて代々居酒屋やバーなどを営む家系に生まれ育ったこともあり、高校卒業後は跡継ぎとしての道に進むことを決意しました。接客力をつけるために2年ほどさまざまな業種に携わり人生経験を積んだ後に、満を持して板前修業を始めたものの、専門卒の同期のように働けず心労が重なってしまい、挫折をしてしまいました。行き場もなく地元に戻ったときに、ビジネスチャンスを感じ父親を説得して飲食店を立ち上げましてね。結果的に、5店舗まで規模を拡大できました。

水野 社長はお若いうちから経営者としての才覚をお持ちだったようですね。

赤津 ありがとうございます。ただ、その会社は28歳のときにすべて売却しました。というのも、IT業界にチャレンジしたかったんです。新しい分野に挑戦する以上、過去の栄光を捨てて身一つで取り組むくらいの覚悟がなければ大成しないと思いました。過去の反省を生かし、26歳で会社の経営をしながらITの専門学校に通いまして。卒業後、28歳でIT企業に入社し、半年でMVPを受賞できたんです。その後は3社にわたって、研修講師や部長職、役員などを務め、幅広い経験を積んでいきました。

水野 覚悟を持って、大きな決断をなさったと。そこからはどのようにして御社の立ち上げに至ったのですか?

赤津 きっかけは、結婚して子どもができたことです。我が子にバスケットボールを教えたいと思ったものの、娘が入学する学校にはミニバスクラブがなかったんです。遠方のチームに通うにしろ、当時は厳しい制度がありました。さらに我が強い性格だったため、万が一所属チームの指導に納得がいかなかったらチームの輪を乱してしまうだろうと考え、チームに所属することはあきらめました。そこで近くの体育館を借りて、自分でバスケットボールを教えたのが始まりです。

水野 スポーツ界は特に、昔ながらの軍隊のような指導法が残っていますよね。

赤津 はい。私自身そうした環境で育ったこともあり、子どもにそのような経験は絶対にさせたくありませんでした。より良い指導を模索する中で、「バスケットボールの本場では、子どもたちにどのような指導を行っているのだろう」と思ったんです。それで、居ても立ってもいられずロサンゼルスに研修に参加したところ、現地の指導に稲妻が落ちるような衝撃を受けました。これまで自分が受けてきた指導とは、想像を絶するほどの違いがあったんです。そして、「知ってしまった以上、私はこの素晴らしい指導スタイルを日本に広める責任がある」と決意し、本格的に活動を始めました。

水野 よほど衝撃を受けたのですね。その後の展開が気になります。

赤津 活動を行っていく中で、私の思いに共感してくれる仲間が少しずつ増えていきました。ある日、ロサンゼルスで一緒に研修に参加した後輩が、「赤津さんと一緒にやりたいです」と言ってくれたこともあり、2019年に法人化し自社トレーニング施設をオープンしたんです。大変なこともたくさんありましたけれど、ここまでこれたのは周りの方々に恵まれたおかげだと思っています。

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