インタビュー

建築

中央建設 株式会社

愛媛県今治市出身。地元の中央建設(株)に入社する。2008年に4代目の社長に就任。2010年に東京進出を決意し、ビジネスホテルに泊まりながら営業活動を続けた。苦労を重ねつつ事業を拡大し、2018年には本社を東京へ移転。愛媛県の四国支店に続き宮城県岩沼市にも東北支店を開設し、三拠点体制を確立している。

中央建設 株式会社
住所 〒105-0014
東京都港区芝2-1-30
菱化ビル2F
URL http://www.chuokensetsu.com/

社員わずか4名という愛媛県の小さな建設会社が東京へ進出し、100名を越えるスタッフを抱えるまでに成長した。それが中央建設(株)だ。沈没の危機を脱し、同社を蘇らせた渡部功治社長が貫く「井戸掘り精神」の神髄とは何かを、俳優の宍戸開さんが掘り下げる。


愛媛から東京へたった一人で進出

宍戸 もともと愛媛県の企業である中央建設(株)さんが東京に進出なさった経緯や、渡部社長の歩みに興味があります。

渡部 当社は愛媛県今治市の企業で、私は4代目の社長になります。入社当時は社員4名ほどで、菊間町という小さな町の公共工事を中心に土木工事を受注する土建会社でした。それが平成の大合併によって菊間町が今治市に吸収され、競争相手が一気に増えてしまったのです。それだけならまだしも、年々工事量が減っていく時流が目に見えていました。このままでは会社の将来像が見えないと、不安を抱えていましたが、2008年に社長に就任したのを機に、活路を見いだすべく一念発起したわけです。

宍戸 その切り札が東京への進出だったと。大きな決断でしたね。

渡部 リーマン・ショックの直後でしたから、周囲の反応は冷ややかでした(笑)。しかし、守らなければならない社員と家族のことを思えばこそ、「チャンスは今しかない」という信念と覚悟を決め、逆境をバネにすることができたんです。

宍戸 本格的に東京に移転するまで、苦労なさったのですね。

渡部 はい。でも、何のしがらみもない東京なら全て自分の実力次第ですし、それでダメならあきらめもつきます。そう割り切って仕事にまい進するも、東京に15坪の事務所を構えるまで2年以上掛かりました。次第に事業を拡大し、2018年に本社を東京へ移すことができたんです。現在は100名を越える陣容で、ほとんどは東京で採用したスタッフですよ。

宍戸 社長が、そこまで東京進出にこだわった理由は何だったのでしょう。

渡部 地方の建設業界は厳しく、私は愛媛での公共事業という水場はいずれ干上がり、社員に十分に水を供給することが不可能になると考えていました。だから東京へ「井戸掘り」に来たんです。もちろん、堀った場所に水脈がある保証はありません。そんな中手探りで井戸を掘り続け、少しずつではありますが一緒に井戸を掘ってくれる社員が増えてきました。東京では実績がないので、最初は受注できなくて当然です。それをいかに努力と執念で受注するかが私の仕事だと定め、強い気持ちであきらめず高いモチベーションで挑戦し続けました。
 その中で、マイナスを心配するくらいなら、それをプラスに変えればいいだけのことです。絶対にやり遂げるという強い意志さえあれば、数字は後からついてきますからね。

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