インタビュー

建築

有限会社 古庄工業

学生時代は人生設計が定まらず試行錯誤の日々が続く。父の仕事を手伝うことがきっかけで(有)古庄工業に入社し、一から造船配管工事の基礎を学ぶ。技術習得にやりがいを感じるようになったことから一筋に歩む決意を固め、2014年には3代目社長に就任。現在は質の高い施工を手掛けつつ、若い職人の定着・育成のための環境構築にも力を入れている。

有限会社 古庄工業
住所 〒729-2252
広島県三原市幸崎能地2-1-2
URL https://www.kosyo-kogyo.com/

広島県三原市を拠点に、造船配管工事を手掛ける(有)古庄工業。専門性の高い仕事を後進にしっかり継承すべく、3代目社長の古庄氏は今、働きやすい環境の構築に何より注力している。同氏の信念と仕事に懸ける思いについて、タレントの石黒彩さんが話を伺った。


技術を習得する喜びを覚えて

石黒 こちらは40年以上の歴史を持つ造船配管工事会社だそうですね。まずは、古庄社長が代表に就任されるまでの経緯からお聞かせ頂けますでしょうか?

古庄 私は大学生の頃までは自分のやりたいことが定まらず、道を模索する時期が続きました。正直に言うと、この仕事も、最初は父がいる職場だからという理由でアルバイトを始めたことがきっかけなんです。そもそも造船配管工事の仕事は、鉄を切断したり、溶接したりと資格を要する作業が多く、私もなかなかお遣いの範囲を越えられずにいました。

石黒 なるほど。最初から望んで入った世界ではなかったのですね。では、転機はどのように訪れたのですか?

古庄 あるとき、機械と機械をつなぐ作業で資格がなくてもできる工程があり、試しにやらせてもらったところ、先輩の職人に「兄ちゃん、早いね」と褒めてもらえて。現場には40~60代の職人が多かったのですが、皆が私のことをかわいがってくれて、だんだんと技術を習得することに喜びを覚えるようになっていったんです。もちろん、失敗をすれば怒られました。でも、その後にしっかりフォローをしてもらえて、そこで何もできない自分の無力感も、「もっと学びたい、資格が必要なら取りたい」という欲求につながったんです。その頃にはもう、この世界でずっと働く気持ちも固まっていましたね。

石黒 素敵な先輩方にも恵まれて、ついに天職を見つけられたのですね。事業継承の意識はいつ頃に持ち始めましたか?

古庄 経営のことは、当時は全く頭になかったですね。ただ、創業者である叔父が高齢になり、私の父にバトンタッチしたタイミングで、周囲が「次はお前の番だぞ」と私を見るようになったことで、さすがに意識し始めました。それからは自分だけでなく、周りの人間が働きやすいように段取りをしたり、コミュニケーションを取ったりすることを心掛け、現場管理のノウハウも学んでいって──そうして2014年に、父から事業を引き継いだんです。もし、そこで職人たちが離れてしまうなら仕方がないと覚悟していましたが、誰一人辞めることなく付いて来てくれました。これまでの頑張りを認めてもらえたのだと、本当に嬉しくなったと同時に、責任を感じましたね。

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