インタビュー

サービス

合同会社 おもてなし便

料理人として大手中国料理店に勤め、料理長に上り詰める。他店舗に職場を移して腕に磨きをかけた後、出資を受ける形で2008年に独立。48歳のときに脳梗塞を患い、体に麻痺が残ったため志半ばで料理人の道を断念した。その後、軽貨物運送業に従事。独立を見据えて現場経験を積み、(同)おもてなし便を設立した。料理人時代に培ったホスピタリティ精神で事業にまい進している。

合同会社 おもてなし便
住所 〒125-0063
東京都葛飾区白鳥2-4-4-415
URL https://www.omotenashi-onlyone.com/
https://www.e-logi.biz/

関東圏全域で軽貨物運送業を手掛ける(同)おもてなし便。かつて料理人としてもトップに上り詰めた椎名代表は、顧客に喜ばれるための「プラスα」を追求し、ドライバーの育成に注力している。その独自の経営手法に、元ボクシング世界王者の内山高志さんが迫った。


不屈の精神で新分野へ

内山 椎名代表は、この運送業界一筋に歩んで来られたのですか?

椎名 いえ。私は学校を卒業してから長年にわたり料理人をしていて、自分の店も経営していました。しかし、48歳のときに脳梗塞を患い、利き手に麻痺が残ってしまったんです。リハビリに励み、日常生活は送れるようになったものの、料理に必要な繊細な動きができなかったため、仕方なく店を畳んで別の道を模索することにしました。

内山 それはつらい経験をされましたね。普通の人ならばそこで落ち込んでしまいそうです。どのようにして再起したのか、教えてください。

椎名 もともと私は、「人は失敗した分しか成功できない」と考えていて、今どれだけつらい思いをしていても、努力次第で必ず這い上がって来られるという確信がありました。それに大病を患ったのに、まだ仕事のことを考えられるのはむしろ幸運なことだろうと思って、前向きに動けたんですよ。とは言え、すでに50歳を過ぎていたので、次が最後の転職になることは間違いありません。それで、人生を賭けられる仕事を、真剣に探したんです。

内山 私もアマチュア時代にオリンピック出場を逃し、その悔しさを糧にプロの世界でチャンピオンになったので、代表の考え方には心から共感できます。運送業を選んだのには、どんな理由が?

椎名 求人を探す中で、たまたま軽貨物運送の仕事を見つけ、ドライバーの多くが業務委託の形式で働いていることを知りまして。年齢も性別も経験も関係なく、一生懸命仕事をした分だけ収入を得られるシステムが、当時の自分の状況を踏まえると最良の選択肢だったのです。そこで、独立支援制度がある会社で働き始め、現場のことを一通り学んだ後に、「自分と同じような境遇の人たちにこの仕事を広めて、お役に立とう」と考えて当社を立ち上げました。

1 2


amazonからのご注文
2019年11月号
COMPANYTANK 2019年11月号

巻頭企画「天馬空を行く」には、第25代WBCスーパーバンタム級チャンピオンの西岡利晃さんがご登場!世界王者の栄冠を掴むまでの足跡を辿ります。

定期購読のご案内
 
LINE@無料会員登録はこちらから

LINE@無料会員登録はこちらから

interviewer's eye

カンパニータンクのインタビュアとして活躍されている各界の著名人たちに本誌編集局が逆インタビュー。

杉田 かおる 名高達男 時東ぁみ 矢部 みほ 鶴久 政治 宮地 真緒 水野 裕子 畑山隆則