インタビュー

建築

株式会社 アヤメ企画

幼少期から事業を手掛ける父の背を見て育つ。学業修了後は役者として芸能界に入り、大劇場の舞台で主役を任されるほど活躍。自身で定めた目標を達成したタイミングで引退を決意し、結婚と同時に家業へ入る。父から建築のノウハウを学びつつ、自らは宅地建物取引士の資格を取得するなど新たな事業展開を見据えて精進する。2019年8月に、満を持して(株)アヤメ企画の2代目社長に就任した。

株式会社 アヤメ企画
住所 〒400-0317
山梨県南アルプス市上市之瀬118-1
URL https://www.ayame-kikaku.co.jp

山梨県を拠点に、ログハウスの設計・施工を手掛ける(株)アヤメ企画。国産の良質な杉材にこだわった独自の構法で30年以上にわたり顧客の信頼を獲得してきた同社は今、さらなる進化を遂げようとしている。2代目社長の青栁氏に、女優の吉井怜さんが話を伺った。


芸能界から匠の世界へ

吉井 ログハウスの設計・施工を手掛ける(株)アヤメ企画さん。青栁社長は、2019年8月に2代目として代表取締役に就任されたばかりだそうですね。

青栁 ええ、そうです。当社は、1989年に父が立ち上げ、私も幼少期から全国各地を飛び回る先代の背中を見て育ちました。もともと土木工事の仕事に携わっていた父は、ある時に大分県で「一村一品運動」としてログハウス事業が話題になっていることを聞きつけまして。実際に現地でその魅力を見聞して、自らもログハウスの建設を手掛け始めたんです。

吉井 当時はまだ「ログハウス」という言葉自体があまり認知されていなかったと思いますし、先代はパイオニアの1人として歴史を築いて来られたのですね。

青栁 ええ。私自身は、学業を終えると一度は役者を志し、上京して芸能界へ飛び込んだのです。しかし同時に、家業のことも常に頭の片隅では気にかけていました。そして、30歳までに大劇場の舞台で主演を務めたり、憧れていた方と共演できたり、自分で定めた目標を達成することができたため、結婚を機に地元へ戻り、家業へ入る決意を固めたのです。

吉井 芸能界で成功を収めつつも、家業へ入られるご決断をされるというのは、人生の大きな転機だったと思います。実際に新しい道を歩み始められてみて、手応えはいかがでしたか?

青栁 父と違い、私は建設業界の知識や経験が全く無かったので、最初はとにかく必死で勉強しました。自分でもログハウスの家を建てて、暮らしの中でその魅力を体感しながら、営業活動に励みましたね。そうするうちに、徐々に多くのお客様とお付き合いさせて頂けるようになり、「これなら続けていける」という自信も芽生えていったんです。また、会社のノウハウを継承しつつ、新しい展開への布石を打つため、2018年には宅地建物取引士の資格も取得しました。そうしてこの度、父から事業を引き継ぎ、私が2代目社長に就任した次第です。

夢をかなえるログハウスを提供

吉井 ログハウス、と一口に言ってもさまざまな大きさやタイプがあるかと思います。御社ではどういったご依頼を受けていらっしゃるのでしょうか?

青栁 当社では、日々の生活を送る住宅から、週末をゆっくり過ごすセカンドハウス・別荘、趣味のためのキットハウスまで、お客様のご要望に合わせて自由自在な設計・施工をさせて頂いております。ログハウス特有の丸太組構法はもちろんのこと、柱と梁をログ材で美しく見せつつ空間の自由度を保つ軸組構法も用いているため、建物の面積や間取り1つ取っても柔軟な対応が可能なのです。

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