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株式会社 ベストサーブ

秋田県出身。ホテルマンに憧れ、東京の専門学校に進学。卒業後は大阪の老舗ホテルに就職した。27歳のとき、義父の急逝に伴い経営していた運送会社を継ぐ。朝晩休みなく働いて事業を拡大するも、次第に経営難に。社員全員解雇といった苦難を乗り越え、2004年に一念発起して遺品整理業をスタート。現在、8名のスタッフと共に「関西遺品整理センター」を運営している。

株式会社 ベストサーブ
住所 〒536-0005
大阪府大阪市城東区中央 2-13-25-1401
URL https://www.pa-sanki-ihinseiri.com/

近年、よく耳にする遺品整理業。この事業を2004年にスタートさせたのが(株)ベストサーブの工藤社長だ。遺品整理業に活路を見いだすまでの足跡や、現在の仕事の喜び、そしてスタッフや家族への感謝の気持ちに、元ボクシング世界王者の西岡利晃さんがそっと耳を傾けた。


運送会社を引き継ぐも経営難に

西岡 現在、「関西遺品整理センター」を運営なさっている(株)ベストサーブさん。工藤社長は、ここまで多くの困難を乗り越えて来られたそうですね。ぜひ、歩みからお聞かせください。

工藤 私は高校時代に、ホテルを舞台にしたテレビドラマを見てホテルマンに憧れました。そこで東京の専門学校に進学し、卒業後は大阪の老舗ホテルに就職しまして。しかし、運送会社を経営していた妻の父が急死し、私は27歳で運送会社を継ぐことになったんです。義父の死は本当に突然でしたので、当然、私は運送業界について全く知りませんし、何をすれば良いのかも分かりません。ただ、私にはスポーツに熱中した根性と若さがありました。「がむしゃらに頑張ればなんとかなる!」と、朝から晩まで休むことなく働き続けた結果、社員50名を越えるほど会社を成長させることができたんです。
 ところが、事業を拡大し過ぎたことや、忙しさに満足して次の手を考えなかったのが良くなかったのでしょう。ある時期から、やることなすこと全てが空回りし、仕事が減っていきました。その結果、どんどん会社から人が離れていってしまいまして・・・。

西岡 その苦境から、どのようにして立ち上がったのですか?

工藤 私は逃げるのが嫌いな性格です。だから、どんなときも「やってやる!」という意欲だけは忘れませんでした。会社も「絶対に立ち直らせる」という強い気持ちから、潰さずに残したんです。そんなとき、引っ越しの業務で老人ホームに伺った際に遺品整理を頼まれたことを思い出しました。社会の高齢化が進み、需要も見込める遺品整理を始めるのはどうだろう──。そう考えた私は独学で遺品整理のノウハウを学び、手元に残した大型トラックと軽トラックを活用して事業を立ち上げたんです。それが15年ほど前で、当時はまだ周囲に遺品整理を手掛ける会社はありませんでした。

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