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  • 株式会社 ディライト 代表取締役 / 二級建築士 永野 賢将

インタビュー

建築

株式会社 ディライト

学業修了後は父の誘いを受け、祖父の代から続く工務店に入るも、業績不振から安定して仕事を受けられず、苦難の時期を過ごす。しかし、その中でも職業訓練校に通い、二級建築士の資格を取得。24歳で事業を引き継ぐと、苦労を重ねながらも前へ進み続け、見事に経営を軌道に乗せる。現在は新築工事やリフォームを中心に、幅広い施工に対応している。

株式会社 ディライト
住所 〒334-0003
埼玉県川口市坂下町3-17-13
CPMH 202

都内近郊を中心に、良質な新築・リフォーム工事を手掛ける(株)ディライト。社長の永野氏は、苦難の連続の中で人と出会い、人とのつながりのかけがえのなさを感じ、縁を重んじる姿勢を貫いている。その独自の経営哲学の源に、俳優の名高達男さんが迫った。


前を向き続けることで差し込んだ光

名高 永野社長は学業を終えられると、すぐに建築の世界へ入られたのですか?

永野 ええ。当時は大学に進学したい気持ちもあって、志望校の推薦まで取れていたのですが、職人だった父に「お前も大工になるんだ」と言われ、家業へ入ることを決意したんです。ただ、祖父の代での業績は良かったものの、父の代では世代交代がうまくいかずに旧来のメンバーが独立してしまい、そこにバブルの崩壊も重なったことからなかなか仕事が頂けないようになって。明日の生活も苦しい時期が続きました。

名高 お若い頃から随分と苦労をされてきたのですね。

永野 当時は焦りばかりでしたね。職業訓練校にも通って大工の基礎を学び、22歳の時には二級建築士の資格を取得することができました。しかし、なかなか仕事のご依頼も増えず、同期たちとは技術の差もつくばかりで・・・。状況はなかなか上向かず、24歳で会社を引き継いでからも、まだ自転車操業が続いていました。

名高 では、そこから現在地点まで上がってこられることになった転機は、どのようにして訪れたのでしょう。

永野 30歳の時にプライベートで大きな転機がありまして、自分がいかに仕事やお金に追われて視野が狭くなってしまっていたかに気付いたんです。それを境に、人と接する際は、支えて頂いていることの感謝を念頭に置いて、コミュニケーションを取るようになりました。そして、そこから少しずつ、仕事もプライベートも上向きになってきたんです。
 また、32歳の時に父が亡くなったことも大きかったですね。亡くなる数日前に、「いろいろな人を助けられる男になってほしい」「お前がつくった会社が大きくなるのを見たい」と言われまして。それが遺言だと思って、今でも頑張っています。

夢を形にする施工

名高 そうして強い思いを抱いて経営を軌道に乗せられ、現在はどのような依頼を受けていらっしゃるのですか?

永野 一般住宅、マンション、店舗など、幅広い建物の新築・リフォーム工事に対応しております。私自身が建築士の資格を有しているため、設計やデザインの段階から、全て当社が一貫してお引き受けさせて頂けるというのが強みです。

名高 それは頼もしいです。デザインなどで複数の業者さんを挟んでしまうと、どうしてもコストが掛かってしまいますから、トータルでお任せできるというのはお客様のご予算面でも安心ですね。

永野 おっしゃる通りです。また、各工程ではお客様とじっくり対話をさせて頂くことを重視し、お客様の夢や気持ちをしっかり理解した上で、それを具現化していくことが私の使命だと考えています。同業他社が多い業界の中で、お客様から「人柄」で選んで頂けるようなチームを目指したいと思っているんです。

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