インタビュー

製造・技術

株式会社 松新ステンレス製作所

10代の頃からとび職人や型枠大工の仕事に携わる。19歳の時に家業である(株)松新ステンレス製作所に入社し、父が病床に伏したことを機に後継者としての自覚を強く抱くように。経理や会計をはじめ、経営面にも次第に携わるようになり、2012年に2代目社長に就任。現在は会社の歴史を守りつつ、福祉関係の製品製造など新たな分野へ挑戦する動きも見せている。

住所 〒336-0035
埼玉県さいたま市南区松本3-15-18
URL https://matushin.com/

1969年の創業以来、半世紀にわたって良質なステンレス製品を世に送り出してきた(株)松新ステンレス製作所。先代の後を継いだ2代目の海江社長は、老舗企業の経営を担う責任感を持ちつつ、自然体で日々の仕事に臨んでいる。その姿に、タレントの水野裕子さんが迫った。


本質を見失わずに会社を継いでいく

水野 御社は2019年で創立50年を迎えられるそうですね。海江社長は、お父様から引き継がれた2代目と伺っていますが、やはり早くから家業を継がれることを考えていらっしゃったのですか?

海江 いえ、私は最初、とび職などの建設関係の仕事をしていたんです。しかし、高所恐怖症のため(笑)、どうしても苦手で続けられず、19歳で家業に入りました。ただ、当時は後を継ぐことは特に考えておらず、勤務態度もお世辞にも褒められたものではなかったと思います。

水野 その意識が切り替わったのには、何かきっかけがあったのでしょうか?

海江 私が24歳になったタイミングで、父が脳梗塞を患い倒れてしまったんです。幸いにも一命は取り留めましたが、そのことを転機に、「自分もしっかりしなければ」と気持ちを入れ替えました。日々勤勉に働くという当たり前のことを、改めて意識するようになったんです。

水野 なるほど。後継者としての自覚が芽生えるようになったのですね。

海江 ええ。それ以降は、会社を引き継ぐ前から資金繰りを任されるなど重要な仕事も経験させてもらい、2012年に2代目社長に就任した次第です。

水野 歴史ある会社のトップに立たれることに、プレッシャーを感じられたこともあったのではないでしょうか。

海江 もちろん自分の力で会社を成長させたいという気持ちはありますが、変なプレッシャーは感じていないですね。会社の存続を目的として守りに入ってしまうのでは本末転倒かなと。そうではなく、誠実な営業を積み重ねることで、周りから求められ続ける会社になれるはずだと思っています。

人間性をもって良質な仕事を

水野 では、現在手掛けられている製品についても詳しくお聞かせください。

海江 基本的には社名の通り、ステンレスを用いた製品を中心に手掛けています。中でも、創業から一貫してつくり続けているのが飲食業務用の流し台で、発注全体の4~5割を占めていますね。
 一方で、時代のニーズに合わせていけるよう、1つのものに固執せずに間口を広げたいという思いもあって。そこで、最近は玄関用のステンレスプレートや、スポーツ用品に取り付けるステンレス製のネームプレートの製造にも着手。さらに、横のつながりを生かしてステンレス以外の材質の商品も承っています。それから、まだ開発段階ですが、歩行訓練用具や在宅介護用品といった福祉関係の製品も手掛けていこうと準備を進めているところです。

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