インタビュー

スペシャリスト

株式会社 村上経営研究所

福岡県北九州市出身。大学時代に関東へ移り住み、そのまま建設業で5年ほど現場監督や施工管理などを手掛ける。社労士である父が手掛ける経営コンサルティング業も長年気に留めており、父から誘いを受けたことを機に家業を継ぐ。現在は、新入社員から経営者までを対象とした研修を主催し、経営改善をサポートしている。

株式会社 村上経営研究所
住所 〒800-0237
福岡県北九州市小倉南区中貫1-20-58
URL https://mip-dmp.com/

福岡県北九州市を拠点に、40年以上にわたり数多くの企業経営をサポートしている(株)村上経営研究所。家業を引き継いだ村上社長は、「良い会社」づくりを通じて日本を活性化させることを目指す。その思想の真髄に、ミュージシャンの鶴久政治さんが迫った。


家業を継いで研究を続ける

鶴久 御社は1975年創業の歴史あるコンサルティング会社と伺っています。初代はお父様だそうですが、村上社長が後を継がれた経緯をお聞かせください。

村上 私はもともと建築の世界に興味があったため、大学卒業後は建設会社に入り、施工監理や現場監督として働いていたんです。ただ、父の事業のことは気に留めていて、「いつかは自分が後を継ぐのかな」と何となく考えていました。すると5年ほど勤めたある時、私が体調を崩したタイミングで、「この仕事をしてみないか」と父に誘われて。そこで家業に入る決意を固め、今では代表取締役として経営を行っています。

鶴久 建設という全く別の業界からコンサルの事業を引き継がれ、難しさもあったのではないかと思います。

村上 そうですね。学生時代には父の事業を何度か手伝っていたので多少経験はありましたが、最初の頃は身構えて背伸びしてしまうこともありました。しかし今は、飾らずに自分のスタンスで仕事ができるようになったと感じています。父の代から30年以上お付き合いのある企業もありますし、新規のお客様もお得意様からご紹介頂くことがほとんど。それだけ責任は感じますし、今でも修業の身として日々努力しています。コンサルティングの知識やノウハウを培うことにゴールはありませんから、セミナーや研修に参加して研究しているんです。

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