インタビュー

建築

株式会社 葵工業

学業修了後は飲食業界や建設業界などで社会経験を積む。22歳の頃、義父に誘われたことがきっかけとなり、溶接工・鍛治工の世界へ足を踏み入れる。仕事を覚えると早々に頭角を現し、3年目には職長として大きな現場を任されるように。義父の会社が解散したことを受け、職人に声を掛けて2011年、(同)葵工業を設立。2016年に株式会社化を果たした。

株式会社 葵工業
住所 〒227-0038
神奈川県横浜市青葉区奈良1-22-1
鴨志田第二ビル2F
URL http://www.aoikg.com/

現場で鉄材を切断し、溶接して加工する──そうして建築物の根幹を支える溶接工・鍛冶工を専門に手掛けているのが、(株)葵工業だ。20代で職人の道に進み、以来一筋に腕を磨き続けてきた鹿野社長の仕事に懸ける思いに、俳優の川﨑麻世さんが迫った。


人と運を引き寄せて独立起業を

川﨑 鹿野社長はお若くして溶接工・鍛冶工の世界に入られたそうですね。まずは、そのきっかけからお聞かせください。

鹿野 私は10代から社会に出て、飲食店や建設現場で働いていました。しかし、当時は若さゆえに「周りを見返してやりたい」という気持ちはあったものの、なかなか自分に合う仕事が見つけられず・・・。そんな折、「うちで働いてみないか」と誘ってくださったのが、溶接工・鍛冶工の会社を経営していた義父でした。

川﨑 身内の会社に就職されるというのは独特の難しさもあるでしょうし、入社当初は苦労されたことと思います。

鹿野 ええ。しかし特別扱いされるようなことは当然なかったですし、むしろ仕事中の義父は誰よりも厳しい人でした。私自身、先輩方に認められるには良い仕事をするしかないと思っていたので、現場では必要な作業を先読みしつつ、率先して取り組むように心掛けました。すると、次第に周りから評価してもらえるようになり、入社から3年ほどで、大手ゼネコンから請け負った大きな現場の職長を任せられるまでになったんです。

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