インタビュー

建築

株式会社 吉田工業

福岡県北九州市出身。学業修了後はソニー(株)に勤め、父親の体調不良により家業である(株)吉田工業に入る。1997年に代表取締役社長に就任した。現在は茨城県神栖市にて、大手メーカーの工場における電気設備関連業務を手がけている。

株式会社 吉田工業
住所 〒314-0114 茨城県神栖市日川2036-142
URL http://ysd-k.com

本田 御社は創業30年以上の歴史を誇る、電気工事関連を手がける会社だとお伺いしています。

7195k01吉田 1977年に父が福岡県北九州市で創業しまして、その後は千葉県木更津市を経て現在の茨城県神栖市へと、お客様の流れと共に移転してきました。私の代になってからは15年ほどが経ちますね。仕事は大手プラントにおける電気設備に関する工事・補修・メンテナンスを中心に手がけています。

本田 私も選手時代は10年ほど神栖市に住んでいまして、この辺りには思い入れもあるんです。話は変わりますが、東日本大震災の影響などは?

吉田 スタッフが地上30mのクレーンで作業していて大変だったとか、津波を警戒して社員と避難したりもしましたが、幸い怪我人などはでませんでした。

本田 それは何よりでした。震災以外にもいろいろなことがあったと思うのですが、これまでを振り返られてみていかがですか。

吉田 年をとって世の中が見えてくるにつれて、考え方も変わってきましたね。かつて我々は、下請けの立場としてお客様の顔を見ることをなく仕事をしてきました。しかし、今はお客様から直接依頼を受けて仕事を行う立場になりましたので、いい仕事をすれば目の前のお客様に喜んで頂けます。時には工場のトラブルで真夜中に呼び出されることもありますが、それもお客様の期待の表れだと思っています。

7195k02本田 私も選手時代は勝利を目指して戦い、その結果としてファンの方に喜んで頂けるのが幸せでしたよ。スタッフの方にお伝えしている心構えなどはございますか?

吉田 常に相手の立場に立って考えることを心がけてもらっています。それも1つ考えたらもう1つ、さらにまた1つと相手のことを考える。相手が何を求めているかを汲み取ることが、いい仕事につながるわけですからね。

本田 サッカーと一緒ですね。私も味方はどうしてほしいか、相手は何をされたら嫌か、ということを常に考えてプレーしていました。では、将来についての展望などはいかがでしょうか。

吉田 弊社が今仕事を頂けているのは、過去にきちんとした仕事をしてきたからこそ。ですからこの先も会社を運営し社員の生活を安定させていくためにも、まずは日々の仕事を確実にこなしていくことが大事だと思っています。一人ひとりが意識を高く持ったプロ集団として、お客様の期待に応え続けていきますよ。

GUEST COMMENT

本田 泰人

吉田社長の言葉一つひとつに重みがあり、また社長の仕事とサッカーの共通点も多くて、何だか私の方が勉強させて頂いた気分です(笑)。神栖市は私にとっても長い時を過ごした大切な場所。是非地域密着で、地元の工場の心強い味方であり続けてください。応援しています!

好評発売中 創刊より7年半、隔月刊誌として奇数月に発刊してきたカンパニーバンクは2013年1月より月刊化しました
amazonからのご注文
2018年1月号
COMPANYTANK 2017年11月号

巻頭には元全日本女子バレーボール選手・木村沙織さんがご登場。半生を振り返って頂きながら、第一線で活躍し続けられた要因を伺いました。

定期購読のご案内

interviewer's eye

カンパニータンクのインタビュアとして活躍されている各界の著名人たちに本誌編集局が逆インタビュー。

鶴久 政治 水野 裕子 矢部 みほ 名高達男 川﨑麻世 時東ぁみ 杉田 かおる 宮地 真緒 駒田 徳広 畑山隆則