インタビュー

建築

藤和土建工業 株式会社

埼玉県出身。工業高校中退後、実家の家業と同じ鳶・土工工事の修行を同業他社で積み、20歳の時に実家に戻る。2年後、社長に就任。以来、先代の遺した事業基盤を確実に守ってきた。創立20周年を来年にひかえ、更なる飛躍を期する。

本社 〒333-0855 埼玉県川口市芝西1-25-3
TEL 048-269-0667
資材部 〒333-0816 埼玉県川口市差間324
TEL 048-297-4741
FAX 048-297-4742
URL http://www.touwa-doken.com/
  http://www.touwa-nurikae.com/

埼玉県川口市に産声をあげて今年で19周年。“男らしい職業”ランキングで常に上位に位置づけられる鳶職の世界で、長年に渡り、丁寧で確実な仕事振りで顧客の信頼をガッチリつかんできた藤和土建工業。
父が立ち上げ、母が守り抜いたその事業を引き継ぎ、青年が社員50人の長となったのは若干22歳の時のこと。右も左も分らないまま、社員からの「しっかり神輿に担がれててくれよ」の言葉だけを頼りに、ただがむしゃらに走ってきた。そして4年。多くの経験を積み、雄飛の時を迎えた藤井忠仁社長の胸に今、去来するのは、父への思い、母への思い。そして二人の似姿としての、自分と未だ見ぬ伴侶への思い。
自身と社の未来像を業界全体の若返りに繋げるべく、情熱を燃やす藤井社長の心の丈を、女優の五十嵐めぐみさんがしっかりと受け止める、渾身の対談!


後を継ぐ

五十嵐: 御社は来年、創立20周年を迎えられるそうで、おめでとうございます。

藤井: ありがとうございます。じつは今回の対談のお話をいただくまでは、その節目を忘れていたんですよ。鳶職の世界に入って以来、夢中で走り続けてきた感じでしたからね。父の作った会社が、もうそんなに長く続いていたとは。

五十嵐: 藤井社長はまだまだお若くていらっしゃいますよね。お仕事の話に入る前に、これまでの藤井社長の人生の歩みから聞かせていただけませんか。

藤井: 私は3人兄弟の長男で、幼いころから家業を継ぐことを期待されて育ちました。家業は鳶、土工工事業です。でも、私が8歳の時に父が亡くなりまして、急遽、残された母が社長として事業を引き継ぐことになりました。しかしその母も今から4年前に亡くなってしまい、それで私が後を継ぐことになったんです。

五十嵐: お父様もお母様も、まだお亡くなりになるようなお年ではなかったでしょうのに‥‥。さぞ残念だったでしょうね。

藤井: じつは私は、いずれ後を継ぐものと当然のように思われることに反抗した時期がありまして、その結果、工業高校の建築科を退学してしまっているんです。退学後しばらく経ち、やはり鳶の仕事をやろうと思い直したのですが、当時はまだ素直に実家に戻る気持ちになれず、あえて同業他社に就職し、そこで修行を始めました。そのうちに母の病気の話を聞いて、実家に戻ったのが19歳か、20歳の時のことです。それから亡くなるまでの2、3年間、母は自分が居なくなったら私が後を継いでくれるだろうと、なんとなくは思っていたでしょうが、結局私は最後まで確かな意思を示せないままで、母に心細い思いをさせてしまいました。だから母が亡くなった時には、涙が止まりませんでした。「マザコンじゃないはずなのに、何でかな?」と、泣きながら考えていたのを憶えています。実際に母が目の前から居なくなって初めて、いろいろな思いが、胸の中に湧き上がってきたんでしょうね。

五十嵐: そうだったんですか‥‥。でも、今はこうやって、藤井社長は立派に後を継いで頑張っているのですから、きっとお父様もお母様も、天国で喜んでおられますよ。

藤井: そう…そうだといいですね。継いだばかりのころは本当に大変だったですよ。社外業務を担当して母を助けてくれていた叔父が居たのですが、その叔父も亡くなってしまい、経理その他の社内業務と、現場の采配などの社外業務の両方を、一編に引き受けなければなりませんでしたから。当時私はまだ22歳で、請求書の書き方も見積もりの出し方も知らず、既存顧客との面識も一切無い状態でした。周囲からは当然、「いずれ藤和は潰れるだろう。あんな若い奴に突然社長を任しても務まるはずがない」と言われました。でも、逆にそう言われたからこそ、「オレをなめるんじゃねぇ!やってやろうじゃねえか!」という強い気持ちになれましたね。それからはもう意地ですよ。絶対に見返してやろうと思って。私には父の記憶はほとんどありませんが、父も気性の荒い人だったみたいだから、反発心をバネにする私のこの性格は、父親譲りなのかもしれないです。

従業員の支え

五十嵐: まだ22歳という若い年齢で、人生の大きな転機を迎えられたのですね。けれども全くのゼロからのスタートで、若さの勢いと意地だけでは、とても社長業の重責を果たすことはできなかったと思うのですが、何が藤井社長をここまで支えてくれたのでしょうね。

藤井: 従業員の支えが大きかったと思います。従業員は全員、15歳そこそこで父のもとで修行を始めて以来、ずっと当社一筋で頑張ってきてくれた職人たちです。父から母に、そして母から私に社長が替わっても、従業員は一人も辞めませんでした。その時あらためて、社を立ち上げた父の偉大さと、それを守ってきた母の偉大さを思い知りましたね。私自身は修行途中で社長業を継いだため、職人としてはまだ一人前ではないんですよ。それで社長になる際には「こんなオレでいいのか?」と不甲斐ない気持ちを年長の従業員に打ち明けたこともあります。すると「お前しか居ないじゃないか。仕事はオレたちが助けるから、しっかり神輿に担がれててくれよ」と力強く言ってくれたんです。それが本当にありがたかったし、心強かった。会社の中身になる社員の顔ぶれが全く変わらないので既存顧客も安心したようで、おかげさまで仕事の受注が減ることもなく、無事にここまで事業を続けてこられたんです。

五十嵐: お父様もお母様も、社員の方々から大きな人望を集めておられたのですね。その息子が一所懸命に頑張っていたら、それは何とかして助けてあげたいと思うでしょう。藤井社長もそれに応えるべく、さらに頑張る。まさに社長と従業員の、理想的な関係ですね。

藤井: いやあ、やりづらい面も確かにあるんですよ。何と言ったって、私が小学生のころはお年玉を貰っていた相手なんですから(笑)。ときどき冗談で「お年玉返せ」って言われるんです。お前も立派になったから、という意味なんでしょう。その時にはこっちも、「ああ、嬉しいな。認めてくれたんだな」と心の中では思いながら、「バカ言うなよ」なんてね(笑)。とにかく、よく残って私を助けてくれて、そのことに本当に感謝しています。男同士のあいだで「感謝してます」なんて恥ずかしくて言えないので、忘年会の席でお酒の力もちょっと借りて、「ありがとう」と伝えるくらいですけどね。でも本当は、感謝の思いはいつも、すごく熱く持っているんです。

若手とベテラン

五十嵐: まさに「男と男の世界」ですね。何も言わなくても互いの気持ちで通じ合えるような。鳶というお仕事も、男らしい職業の筆頭というイメージがあるのですが、普段の現場では、具体的にどんな業務をされているのですか。

藤井: 建築現場、特に外壁の塗り替えやタイルの張替えをする際の、作業用の足場を組む仕事がメインです。そこがしっかりしていないと後の作業が立ち行かない、本当に全体の作業の基礎になる部分です。まず現場の地面の状態を正確に見極め、それに合わせてミリメートル単位でレベル(水平)を出し、その上に一段一段、足場になる部材を正確に組んでいきます。基礎が合っていればいくらでも高く重ねられますが、歪んでいると全体が狂ってしまうので、絶対に気が抜けません。

五十嵐: 狂いがひどくなって足場が崩れたりすれば大惨事に繋がるでしょうし、後の行程に携わる他社の従業員も含め、多くの作業員の命を預かる責任重大な仕事ですね。現在、御社では社員は何名おられるのですか。

藤井: 常時稼動しているのは20人位です。仕事の状況に合わせて現場にそのまま出てもらっている社員も含めると、約50人になるでしょうか。

五十嵐: 50人!さすがに20年近く実績を積んでこられると、社員の数も多いですね。職人として一人前になるまでに、どれぐらいの修行が必要なものなのでしょう。

藤井: 約10年が目安でしょうね。それよりも早く、仕事そのものはできるようになるんですよ。でも現場の職人をまとめて、全体の仕事の管理まで任せられるようになるには、それぐらいの経験がどうしても必要ですね。しかしその前に大きな問題なのは、当社に限らず業界全体が若手不足だということです。どうしても現場仕事は「キツイ、キタナイ」といった印象があるせいで志望者が少ないのに加え、せっかく面接して採用しても、すぐに辞めてしまう場合が多いんです。ただ当社の場合、私と一緒に働いてくれている一番下の弟が今二十歳なので、その繋がりで同年代の若手を連れてきてくれます。現在、当社にはその世代の従業員が7人居ます。貴重な若手ですので、彼らには非常に期待しているんです。

五十嵐: その貴重な7人を一人前の職人に育てていくために、どんなことに気を付けておられますか。

藤井: 仕事が大変なのは当然ですし、技術は先輩からしっかり教わらなければなりませんが、それ以外の場面では窮屈に感じなくて済むように、年長組と若手とで、適当な距離を取らせてあげるようにしています。そのために若手のまとめ役は弟に任せ、彼らだけで飲みに行ったり相談事を話しあったりできる環境と、雰囲気作りを心掛けています。私自身も話をするのは好きなほうなので、何か悩んでいるような素振りを見せる若手に対しては、積極的に相談に乗りますよ。

五十嵐: それは社長のアイデアなのでしょうか。若手とベテランがお互いに程良い距離をとって刺激しあうというのは。

藤井: そうですね。これからの業界全体の若返りを考えたら、プライベートな日常まで共にするような、あまりに濃い付き合いの中でベテランが若手を仕込んでいく昔ながらのやり方も、少しずつ変えていかなければならないと思うのですよ。だからこれは、一つの試みですね。

五十嵐: 社長自らがそれだけ自分たちの身になって考えてくれていると分かったら、若手も定着して頑張ってくれるでしょうね。

藤井: そうだといいですね。私は職人としてはもう現場に出ていないので、技術の仕込みはベテラン陣に任せ、営業やその他の社長業の部分で皆を支えていくのが仕事だと思っています。取引させていただいている企業の社長は皆、私より年配の方々ばかりで、飲み会やその他のお付き合いもなかなか大変なのですが、どうにか話題に食い付いていきながら頑張っています。でも体は正直ですよね。現場で働いていた時と比べて、体重がずいぶん増えましたよ(笑)。

これからに向けて

五十嵐: しっかりと事業を引き継いで、その上に自分なりのやり方も見つけ、着実に社長としての自信を身に付けてこられた今、藤井社長は藤和土建工業をこれからどのように発展させていきたいとお考えですか。

藤井: 当面の目標としては、とにかく業績を上げることですね。しっかり利益を出さないと従業員の給料も払えませんから。そうやって事業を発展させて、手掛けたお客様全員から「藤和さんに頼んで良かった」と思ってもらえるような仕事をしていきたいと思っています。そのために今、資材を増やし、従業員の数も増やし、事業規模の拡大を図っています。普通、がむしゃらに走ってきて、安全で確実なペースを掴むことができたら、それを維持しようと考えるじゃないですか。でも私は、このまま一気に突っ走ってしまいたいんですよ。周囲からは「まだ早いんじゃないか」と言われますが、父、母、叔父と、それぞれの良いところを残しつつ、これからは会社を「自分色」に、染めていきたいと思っているんです。
‥‥個人的なことも言っていいですか。あと4年経って30歳になったら、ぜひ結婚したいんです。後を継いで4年、やっと社長業の中味が分かってきて、経理の大変さも知りました。今、それらをずっと一人でこなしてきた母のことを思うと、事業を続けていくには女性ならではの細やかさも必要だということが、よく分かるんです。だから今は、嫁さん探しの真っ最中です(笑)。母のような女性と巡り会えれば、理想的だと思っています。

五十嵐: 業績を上げて今よりもっと魅力的な会社になれば、さらに多くの若手が集まって来てくれるかもしれませんよね。もちろん、裏で藤井社長をしっかりと支えてくれる伴侶となる女性も(笑)。

藤井: そうだといいですね。やはり若手が育ってこないと、

会社もそうですが、業界全体に活気が生まれませんからね。だからどんどん若手を育てて、独立してもらい、鳶に限らず他業種も巻き込みながら、建築土木業界全体を若返らせたいんです。第一、若い社長たちがもっとたくさん出てきてくれないと、私も寂しいですよ(笑)。

五十嵐:これからきっと、藤井社長が想うような業界に変わっていきますよ。私も陰ながら応援していますから、どうぞお体を大切にして頑張ってください。今日は本当に良いお話を、ありがとうございました。

GUEST COMMENT

五十嵐 めぐみ

対談中、「若いから軽く見られてしまうけど、仕事に対する責任感は誰にも負けません」とおっしゃっていましたね。でも藤井社長、軽いどころか、立派に重責を果たしておられる頼もしさは、言葉の端々から伝わってきましたよ。社長はその企業の大黒柱。柱がしっかり腰を据えて頑張っているからこそ、ベテランと若手が絶妙なバランスで活気を与えあうことが出来るのですね。その頑張りはきっと天国のお父様、お母様、叔父様も見届けてくれているはず。“男の世界、男の職業”への羨ましさと相まって、こちらの胸も熱くなった対談でした。


amazonからのご注文
2018年9月号
COMPANYTANK 2017年11月号

1999年、25歳で世界7大陸最高峰登頂を達成し、当時の最年少記録を打ち立てたアルピニスト・野口健氏。15歳で初めて山に登って以来、登山はもちろん、清掃登山をはじめとした環境問題や社会貢献に関するさまざまな活動に勤しんできた。枠にとらわれない挑戦を続ける同氏を突き動かすものとは何なのだろうか。その唯一無二の哲学を伺った。

定期購読のご案内
 
LINE@無料会員登録はこちらから

LINE@無料会員登録はこちらから

interviewer's eye

カンパニータンクのインタビュアとして活躍されている各界の著名人たちに本誌編集局が逆インタビュー。

矢部 みほ 水野 裕子 川﨑麻世 鶴久 政治 杉田 かおる 名高達男 時東ぁみ 畑山隆則 宮地 真緒