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秋川 リサ
秋川 リサ
(アキカワ リサ)
■女優
■15歳でテイジン専属モデルとしてデビュー以来、女優、コメンテーターを中心に幅広く活躍中。主な出演に「おもいッきりテレビ」「こたえてちょーだい」など。また、もう一つのライフワークであるビーズ刺繍の作家としても活動。
穴井 夕子
穴井 夕子
(アナイ ユウコ)
■タレント
■1990年から1995年にかけ篠原涼子らとともに東京パフォーマンスドールの中心メンバーとして活躍。グループでの活動の他ソロでも活躍し、テレビ・ラジオ番組のレギュラー多数。2000年6月、プロゴルファーの横田真一氏と結婚。二児をもうける。その後もタレントとして芸能活動を続け、現在はバラエティ、CM、子育て番組、エッセイ集出版など幅広い分野で活躍中。
五十嵐 めぐみ
五十嵐 めぐみ
(イガラシ メグミ)
■女優
■愛知県名古屋市出身。淑徳学園高校卒業後、TBSドラマ「さかなちゃん」でデビュー。主な出演作品に「スワンの涙」「渡る世間は鬼ばかり」「3年B組金八先生」などがある。
岡安 由美子
岡安 由美子
(オカヤス ユミコ)
■女優
■東京都出身。フジテレビジョンのオールナイトフジの司会で人気を集め、以後女優、歌手として活躍。主な出演作品はTBS「男女7人秋物語」NHK「武蔵坊弁慶」など。一方でレーサーとしても活動、A級ライセンスを持つほどの腕前。
小柳 ルミ子
小柳 ルミ子
(コヤナギ ルミコ)
■歌手・女優
■福岡県出身。宝塚音楽学校を首席で卒業後、1971年「私の城下町」でデビュー、日本レコード大賞を受賞。以降、「瀬戸の花嫁」「おひさしぶりね」「今さらジロー」など多数のヒット曲を輩出。また、女優として映画「白蛇抄」やドラマ「鍵」「家なき子」などに出演。他にも舞台、バラエティなど精力的に活動している。
清水 よし子
清水 よし子
(シミズ ヨシコ)
■お笑い芸人・テレビタレント
■1986年結成の「ピンクの電話」ではボケ役を担当し、ものまね王座決定戦などで活躍。相方の竹内都子との凸凹コンビぶりでお茶の間の人気を博した。独特のキャラと声を活かして映画やCMにも多数出演し、アニメの声優としても活躍。現在は単独での活動が多い。愛称・清水のヨッちゃん。
大門 正明
大門 正明
(ダイモン マサアキ)
■俳優
■1949年兵庫県出身。
早稲田大学商学部卒業の後、俳優の道へ。主な出演作品に「ウルトラマン80」「ゴジラ対メカゴジラ」「大岡越前」「水戸黄門」「キッズ・ウォー4」などがある。
西崎 緑
西崎 緑
(ニシザキ ミドリ)
■歌手・女優
■東京都出身。3歳で日舞の初舞台を踏み、7歳で歌手デビュー。14歳の時、必殺シリーズ主題歌「旅愁」がミリオンセラーとなる。舞台・テレビ等に数多く出演する一方で、日舞の振付も手掛ける。主な出演作品に「必殺シリーズ」「はるちゃん4」などがある。
藤崎奈々子
藤崎 奈々子
(フジサキ ナナコ)
■女優・タレント
■目白学園女子短期大学在学中にスカウトされデビュー。ほんわかしたキャラクターが注目を集め、1997年にはフジテレビビジュアルクイーン・オブ・ザ・イヤーに選出。一気に全国区アイドルとなった。女優・タレントとして活躍の幅を広げ、歯切れの良いコメントとリアクションで数々のバラエティ番組にも出演する。
辺見 マリ
辺見 マリ
(ヘンミ マリ)
■歌手・女優
■神奈川県逗子市生まれ。1969年「ダニエル・モナール」で歌手デビュー。コケティッシュな魅力でヒット曲を連発。娘はタレントの辺見えみり。現在は磨きのかかったエンターテイメント性を生かしディナーショーを中心に活動。
矢部 美穂
矢部 美穂
(ヤベ ミホ)
■女優・タレント
■北海道恵庭市出身。1992年、「New MOMOCO CLUB(ミスモモコ)」でグランプリ(学研主催コンテスト応募者およそ12000人)の受賞を契機に芸能界へ。16歳で上京し、以降、雑誌,グラビア等で活躍後、バラエティ番組でテレビデビュー。現在はテレビ、ドラマ,舞台,写真集等で幅広く活動中。
山本 みどり
山本 みどり
(ヤマモト ミドリ)
■女優
■静岡県富士市出身。東京女子短期大学在籍中より、劇団『夢の遊民社』にて舞台活動。1978年、ポーラテレビ小説『夫婦ようそろ』でデビューし、以来テレビドラマ・舞台等で活躍。主な出演作品に「はるちゃん」「水戸黄門」などがある。
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エイチアンドフレンズGTLジャパン 株式会社 代表取締役 朴 g勲 朴 g勲(パク キ ホン)
エイチアンドフレンズGTLジャパン 株式会社 代表取締役

大韓民国出身。大学3年時に来日し、日本語学校を経て立教大学へ入るもキャリアを求めて中退。ゼロックス・グループのコリア・ゼロックス(株)に入社する。1993年に富士ゼロックス(株)に転職、7年間貿易・物流関連に従事。2000年8月、エイチアンドフレンズGTLジャパン(株)を設立した。

エイチアンドフレンズGTLジャパン 株式会社
〒103-0016 東京都中央区日本橋小網町15-9 森友第一ビル 4F
TEL 03-5652-1764
FAX 03-5652-1768
URL http://www.hfiworld.com
お知らせ
 
  留学を機に日本へ
若原: 御社の事業は物流関連とお聞きしています。社長は韓国・ソウルのご出身だとか。来日されたのはいつ頃だったのですか。
朴: 大学3年の頃ですね。韓国で大学に在学している時、経済学と語学を学ぶため留学しようと思ったんです。その当時、我々の世代は英語圏への留学が主流だったんですが、英語より日本語を学んだほうが将来的に活かせると考え、日本に留学していた知人を訪ねて来日し1ヵ月ほど滞在して、自分の留学目標達成の国は日本だと確信し、留学を決めたんですよ。ひらがなやカタカナの読み書きもできない状態だったので、まずは日本語学校に1年間通い、立教大学へ入りました。しかし、大学で2年半ほど勉強した頃、30歳前に学歴よりキャリアを上げるために就職しようと考えたんです。そこで韓国に帰国し、日本企業のグループ会社であるコリア・ゼロックス(株)に就職しました。たまたま同社の副社長が日本人で、私が入社した当時は会社に日本語が話せる人がほとんどいなかったことから、私は新人でありながらも親しくして頂いたんです。あるプロジェクトに副社長と共に参画した際にお力添えできたことがきっかけで、入社当初からの念願であった日本の富士ゼロックス本社への勤務を叶えて頂けることになり、再び日本に戻ってきました。それが1993年の時です。本社では、現在の事業に繋がる貿易・物流関連の仕事に7年ほど携わっていました。
若原:
一度は韓国に戻るも、日本への強い想いが、再び社長を日本の地へ導いたといった感じですね。
 
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  エイチアンドフレンズGTLジャパン設立
若原: 社長がエイチアンドフレンズGTLジャパンを設立されたのには、どのような経緯があったのですか?
朴: 富士ゼロックス本社で働いていた頃、エイチアンドフレンズGTLグループの会長と知り合う機会があり、その後「一緒にやってみないか」とお誘い頂き、2000年8月、日本でエイチアンドフレンズGTLグループの現地法人を設立しました。私はサラリーマンとして働くだけでなく、独立をしたいという思いもありましたから、それが叶い嬉しかったですね。良いタイミングで良い縁に恵まれて、これまで順調にやってくることができていると思います。
若原: 設立当初は、何名でのスタートだったのですか。
朴: 物流業界の経験を持つ日本人3人と韓国人スタッフ1人、そして私の5人からのスタートでした。物流業界では日本は外資系企業がすぐに参入できる環境ではなかったため、世界的に見て一番厳しいマーケットでした。特に国際物流関係は色々な資格が必要で規制が厳しく、今でこそDHLやFedEXなどをはじめとする外資系物流企業が日本国内に進出していますが、特にアジア系企業は成功した事例があまりなかったんです。私がビジネスを始めた時は、若干ですが規制が緩和された時期でチャンスが生まれたこともあり、アジア系企業としてやってみる価値があると思ったんです。数年前からテロの関係でまた規制が強化され、現在も厳しい状況ですし、そういう意味でも、良いタイミングで会社を立ち上げることができたと思いますね。また、日本の基盤づくりにご協力頂いた先輩たちと、私を信じて一緒に頑張ってくれた社員、韓国をはじめとする海外パートナー各社の皆様など色々な方々にご協力頂きながら本日に至っており、感謝しています。
若原: 社長に人徳があるから良縁に恵まれてきたのでしょうし、タイミングを逃さずチャンスをものにしてきたからこそ、今があるのでしょうね。日本語も堪能ですし、こうしてお話しているとお顔も日本人のように見えます(笑)。
朴:
そうでしょう(笑)。実は母国・韓国では、髭を生やしているとあまり良い印象を持たれません。仕事で韓国の様々な企業に出向く機会がありますが、やはり第一印象では良く思って頂けないことが多い。ただ、それだけにすぐに顔を覚えてもらえるというメリットもあるんです、「髭の朴(パク)」とね(笑)。これも自分をアピールするポイントとして、あえて髭にしているのですよ。
 
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  仲間と築く物流ネットワーク
若原: 具体的にはどのような業務を行っているのですか。
朴: 海外への輸出入と内陸運送、通関サービス、一般貨物の保管や在庫管理、展示貨物や公演貨物の運送など、実に様々です。貿易を行う際に、当社のような会社が仲介に入ります。商流といって物の売買はメーカー同士で行うのですが、海外へ輸出入を行う際の一連の手続きは全て当社が代行しているんですよ。当社は特に韓国向けの事業を得意としていて、約200社の韓国系グローバル企業と国内輸送業者を繋ぐパートナーシップを組み、世界90ヵ国以上にわたるネットワークを築いているのです。
若原: 韓国ご出身の社長ならではの強みですね。エイチアンドフレンズGTLグループに関しても少しお聞かせ頂けますか。
朴: はい。我々エイチアンドフレンズGTLグループは1992年にニューヨークで創立して以来、世界的な物流企業を目指して、アメリカをはじめヨーロッパ、アジアなど世界11ヵ国以上に支社を設立してきています。エイチアンドフレンズという社名は、創立者の名ハワードの頭文字“H”と“FRIENDS(仲間)”、要するに“私と皆は仲間”という意味なんです。
若原: 仲間と共に世界へ良い社名ですね。今年で8年目になりますが、今後の展望をお聞かせください。
朴: 景気が悪い時に一番活気付くのが、この業界なんです。メーカーが人件費やコスト削減のため中国などのアジアの工場に仕事を頼みますし、物流は色々な工夫をすることでコストを削減できる要素がいっぱいあります。これは私の予想ですが、これから生き残っていくのはITと金融、そして物流です。貿易という取引がある限り、この業界はなくなりません。ですから今後社員を増やし、様々なビジネスを展開していこうと思っています。今はまだ大手企業には及びませんが、当社には、大手にはない“人と人との和を大切にするサービス”があります。これからはさらにサービスを強化していくつもりです。先ほど話したエイチアンドフレンズという社名の由来通り、社内外を問わず一緒に働く人は皆仲間だという今の考え方を崩さず持ち続けて、より飛躍を目指していきたいですね。
 
 
  <GUEST COMMENT>
日本への留学から会社設立の経緯など、これまでの歩みを社長のユーモア溢れるトークで楽しく聞かせて頂きました。そんな朴社長の人柄は人にエネルギーを与えるという印象を受けます。エイチアンドフレンズという社名に込められた“働く仲間と共に”という想いを大切に、これからも頑張ってくださいね。応援しています!(若原 瞳)
 

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