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秋川 リサ
(アキカワ リサ)
■女優
■15歳でテイジン専属モデルとしてデビュー以来、女優、コメンテーターを中心に幅広く活躍中。主な出演に「おもいッきりテレビ」「こたえてちょーだい」など。また、もう一つのライフワークであるビーズ刺繍の作家としても活動。 |
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岡安 由美子
(オカヤス ユミコ)
■女優
■東京都出身。フジテレビジョンのオールナイトフジの司会で人気を集め、以後女優、歌手として活躍。主な出演作品はTBS「男女7人秋物語」NHK「武蔵坊弁慶」など。一方でレーサーとしても活動、A級ライセンスを持つほどの腕前。 |
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大東 めぐみ
(オオヒガシ メグミ)
■タレント
■気さくな人柄と切れのある軽快なトークで頭角を現し、バラエティアイドルとして各テレビ番組で活躍。現在は司会やコメンテーター、ナレーションと幅広くテレビで活動する一方、子育てや教育に関する支援、自然保護にも関心を持ち、文筆活動を行うなどマルチに活躍。夫は元・大阪近鉄バファローズ 大久保秀昭選手。 |
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小柳 ルミ子
(コヤナギ ルミコ)
■歌手・女優
■福岡県出身。宝塚音楽学校を首席で卒業後、1971年「私の城下町」でデビュー、日本レコード大賞を受賞。以降、「瀬戸の花嫁」「おひさしぶりね」「今さらジロー」など多数のヒット曲を輩出。また、女優として映画「白蛇抄」やドラマ「鍵」「家なき子」などに出演。他にも舞台、バラエティなど精力的に活動している。 |
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清水 よし子
(シミズ ヨシコ)
■お笑い芸人・テレビタレント
■1986年結成の「ピンクの電話」ではボケ役を担当し、ものまね王座決定戦などで活躍。相方の竹内都子との凸凹コンビぶりでお茶の間の人気を博した。独特のキャラと声を活かして映画やCMにも多数出演し、アニメの声優としても活躍。現在は単独での活動が多い。愛称・清水のヨッちゃん。 |
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下村 真由美
(シモムラ マユミ)
■プロゴルファー
■小学校時代、ゴルフ好きの父親の影響でゴルフを始める。ゴルフ名門校の埼玉栄高校在学中には「第21回 東日本高等学校ゴルフ選手権関東大会」に優勝。卒業後、太平洋ゴルフアカデミーに進み、2003年にプロデビュー。明るい性格と力強いプレースタイルでファンの人気を集めている。 |
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白都 真理
(シラト マリ)
■女優
■福岡県出身。NHK大河ドラマ「草燃ゆる」でデビュー以来、古典的日本女性の美しさを表現できる数少ない女優として活躍。今後、女優として更なる飛躍を目指すともに、事業家としてUNHCR(国連難民高等弁務)・難民映画祭等の協力など、社会貢献活動も積極的に行なっている。 |
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大門 正明
(ダイモン マサアキ)
■俳優
■1949年兵庫県出身。
早稲田大学商学部卒業の後、俳優の道へ。主な出演作品に「ウルトラマン80」「ゴジラ対メカゴジラ」「大岡越前」「水戸黄門」「キッズ・ウォー4」などがある。 |
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西崎 緑
(ニシザキ ミドリ)
■歌手・女優
■東京都出身。3歳で日舞の初舞台を踏み、7歳で歌手デビュー。14歳の時、必殺シリーズ主題歌「旅愁」がミリオンセラーとなる。舞台・テレビ等に数多く出演する一方で、日舞の振付も手掛ける。主な出演作品に「必殺シリーズ」「はるちゃん4」などがある。 |
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辺見 マリ
(ヘンミ マリ)
■歌手・女優
■神奈川県逗子市生まれ。京都育ち。1969年「ダニエル・モナール」で歌手デビュー。コケティッシュな魅力でヒット曲を連発。娘はタレントの辺見えみり。現在は磨きのかかったエンターテイメント性を生かしディナーショーを中心に活動。 |
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矢部 美穂
(ヤベ ミホ)
■女優・タレント
■北海道恵庭市出身。1992年、「New MOMOCO CLUB(ミスモモコ)」でグランプリ(学研主催コンテスト応募者およそ12000人)の受賞を契機に芸能界へ。16歳で上京し、以降、雑誌,グラビア等で活躍後、バラエティ番組でテレビデビュー。現在はテレビ、ドラマ,舞台,写真集等で幅広く活動中。 |
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山本 みどり
(ヤマモト ミドリ)
■女優
■静岡県富士市出身。東京女子短期大学在籍中より、劇団『夢の遊民社』にて舞台活動。1978年、ポーラテレビ小説『夫婦ようそろ』でデビューし、以来テレビドラマ・舞台等で活躍。主な出演作品に「はるちゃん」「水戸黄門」などがある。 |
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若原 瞳
(ワカハラ ヒトミ)
■女優
■静岡県出身。歌手・若原一郎(故人)の長女。一時子育てのため、芸能活動を休止。現在では日本テレビ「午後は○○おもいッきりテレビ」レギュラー出演の他、情報・旅行番組等にも出演している。 |
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3月インタビュートップ > 株式会社 プレミアム・アート 代表取締役 黒木 眞人 |
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黒木 眞人(クロギ マサヒロ)
株式会社 プレミアム・アート 代表取締役
宮崎県出身。工業高校建築科を卒業後、上京して建築業界へ。8年間、現場監督などを務めた後、設計に携わる。その後、不動産業界へ転身を果たす。2006年に山梨県甲府市にある(有)アリアホームの代表取締役に就任し、2007年に(株)プレミアム・アートを設立した。
株式会社 プレミアム・アート
〒105-0012 東京都港区芝大門1-16-6 新雅ビル 4F
TEL 03-6659-4400 FAX 03-6659-4401
東京都知事(1)第88560号 |
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建築からスタートし、不動産業界へ |
| 辺見: |
御社では不動産業を行っているとお伺いしています。黒木社長は、初めから不動産業界にいらっしゃったのですか。 |
| 黒木: |
いいえ、最初に携わった仕事は建築関係だったんですよ。私は宮崎県の出身で、地元の工業高校の建築科を卒業してすぐに上京し、現場監督などを経験した後、設計に携わって、それから不動産業界に入りました。当社では、土地の売買から賃貸などの管理まで全て行っています。 |
| 辺見: |
不動産業界に入る前に、建築業界をご経験になったのですね。建築の世界から不動産業に進まれた理由は何だったのでしょうか。 |
| 黒木: |
設計に携わり建物を作っていた時に、土地と建物は一体だと感じたんです。土地がなければ建物も作れないでしょう。ですから、土地を扱う不動産業を始めることにしました。お客様に芸術作品のような良い家を提供したいとの想いから、プレミアム・アートという社名にしたんですよ。 |
| 辺見: |
一般的な不動産会社とは違った感覚をおぼえる社名ですね。不動産業界での経験はどれくらいになるのですか。 |
| 黒木: |
昭和58年から始めて、今年で不動産業界では25年目になります。それ以前に建築関係で8年経験を積んでいますから、建築業界も合わせると33年になりますね。 |
| 辺見: |
ずいぶんと長く家づくりに携わっていらっしゃるのですね。会社を設立するまでには、どのような経緯があったのでしょうか。 |
| 黒木: |
2000年に、以前勤めていた会社を退社し、その後5年間はフリーで営業をしていました。そして2006年に山梨県甲府市にある(有)アリアホームの代表取締役に就任し、2007年に新しくこの会社を立ち上げたのですよ。会社を経営するのは大変ですが、計画性を持って仕事に取り組むようにしています。ここ港区は、開発などがとても盛んで、不動産業者の数も東京で上位ですし、支援者の関係もあり港区を選びました。 |
| 辺見: |
甲府市と港区に会社を構えていらっしゃるとなると、かなりお忙しそうですね。 |
| 黒木: |
甲府と東京を行ったり来たりしています。当社では企画・開発も行っておりまして、ビル開発などの案件はやはり港区が1番多いのですよ。この業界に入って長くなりますので、いろいろな方々から可愛がって頂いていまして、支援してくださる方がいらっしゃるので大変ありがたいです。 |
| 辺見: |
不動産業界での横の繋がり、情報交換などが大切になってくるのでしょうね。この業界の魅力や醍醐味は、どのようなところなのでしょうか。 |
| 黒木: |
「物づくり」ですね。建築から携わった場合は、建物を設計し作って、完成した建物のベールがはがされた時。その瞬間が1番喜びを感じますね。不動産から携わった場合は、建物が完成して、お客様に入居して頂く時。どんな商売でも一緒だと思いますが、お客様に喜んで頂けた時が、私たちも1番嬉しいんですよ。 |
| 辺見: |
御社では特に土地から手配して建物を建てるまで、多くの過程に携わりますから、その達成感もひとしおなのでしょうね。 |
| 黒木: |
ええ。土地を開発するにしても、建築のことが分からなければ開発も難しいですし、建築から不動産に至るまで様々なことを経験していますので、お客様のニーズにも幅広く応えられますよ。建築からスタートしていますので、ただ土地を扱うという感覚ではないんです。良いものを作って住みやすい街づくりをしていきたいという想いが基本になっていますね。当社はまだ大手ではありませんので、小さくてもできることから始めて、どんどんやりがいを見出していっています。 |
| 辺見: |
家やマンションなど、お客様にとっては一生に一度といってもよい大きな買い物になりますから、おざなりにしてはほしくないものです。御社のように誠実な気持ちを持って対応してくださるところだったら、安心して任せることができますね。 |
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第2次バブルの時代へ |
| 黒木: |
現在、東京ではまたバブルのような状態になっており、港区は特に土地が値上がりしていっているんですよ。私も長くこの業界に携わってきて、バブルが弾けた後に家庭崩壊に陥った例なども見ました。 |
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| 辺見: |
今、東京の地価が上昇している理由は何なのでしょう? |
| 黒木: |
ファンド事業の影響ですね。ファンドマネーが入ることによって異常な高値で取引が行われているのです。一方、一般のエンドユーザーの方々は、税金の優遇も徐々になくなってきて、所得に関しても税金控除がなくなってきているので、実際に一般の若い世代の方々が住宅ローンを組むとなると3000万円というのが1つの目安になってきます。ファンドによる投機的な価格上昇で土地が値上がりしているのですが、値下げをしなければ売れなくなっているのです。 |
| 辺見: |
なるほど。この先、その問題はどうなっていくのでしょう。 |
| 黒木: |
少子化の影響で、住宅は供給過剰になっています。一方で、不動産のファンド・証券化は昔から叫ばれていて、そして今不動産ビジネスとして実現しているのですが、ファンドが過剰になっており、経済の実体の部分が崩れてしまうと、大変なことになるでしょうね。 |
| 辺見: |
業界自体も複雑化しているのですね。そのような中で、御社はどのような強みを打ち出しているのですか。 |
| 黒木: |
この会社自体は発足したばかりですが、これまでに培ってきた様々なネットワークを使いながら、堅実に一つひとつの仕事をこなしていくことです。バブル時代の反省を良き教訓にして、地道に基礎をしっかりと固めていく。スタートでは出遅れると思いますが、堅実な仕事を続ける会社が最後は強いと思うのです。 |
| 辺見: |
不動産は、どういう形であっても残っていくものですから、堅実な仕事を続けていけば、必ず実ると思います。 |
| 黒木: |
そうですね。それから宮崎県の東国原知事が言っていた、一般庶民の生活を「どげんかせんといかん」というのは、東京であっても同じなんですね。ですから当社では、不動産・建築業という立場から、家族みんなが安心してくつろげる家づくりをお手伝いしていきたいと思い、仕事に取り組んでいるのです。家はいわば箱物でしかないですが、それを提供することで家族が一緒になって一家団欒で過ごせるお手伝いができればという想いでいます。 |
| 辺見: |
耐震偽装など様々な事件があった中で、お客様が安心してくつろげる家を提供しようという社長の想いが、御社の家づくりに込められているのですね。最後になりますが、御社の展望をお聞かせください。 |
| 黒木: |
これまで少数精鋭で取り組んできましたので、徐々に規模を拡大していこうと考えています。しかし、ただ会社を大きくするというのではなく、当社のネットワークの中でお手伝いして頂ける方々と共に良くなっていけるように、会社の規模を大きくしていきたいと思います。これから飛躍を目指して頑張りますよ。 |
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<GUEST COMMENT>
“住む人みんなが安心して住める家づくり”に注力している黒木社長。一般的な不動産業者が行う業務はもちろんのこと、家の設計・施工など、建築業界を経験したからこそできる一貫して洗練された家づくりは、御社の最大の魅力ですね。これからも日本の家庭に家族の笑顔を増やして頂きたいと思います。頑張ってください。
(辺見 マリ) |
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